すごい、あたしのなかのなにかが出せ出せって言ってる。音さえ漏らさない鉄格子の隔離室みたいな体内から、何かが出てきそうになっている。でもそれが何だかわからない 。
音さえ漏らさない鉄格子の隔離室はお母さんの胎内のようだ。光も漏らさずに鍵かけた隔離室みたいな胎内を私がどうやら持ってしまったようだ。中にいる何者かはずっと、出せ、出せって言ってる、でもまだ出来ていないのに出すわけにもいかない。出来ていないうちに産んでしまったらそれは流産だ。人間の、形をせず、魂の、かたちもなく、ぐじゅぐじゅのまま堕胎してしまうことだ。脳内に投影したエコーでも、胎児がどんな形をしているかはわからなかったから、まだ、まだ、まだでしょ。出来てから、出来てからだよ、って繰り返すのに中の人は、出せ出せ、今がそれだ、出せや、って繰り返す。
出せ。出せ。出せ。
きみは、生まれるんですの?と問いかけた。形も分からない中の人は、うるさい、早う出さないと流産だぞ、おまえの一生を俺が変えてやる。と言った。
おまえのいるところはここではない。俺をいますぐに生まないと、おまえは一生かびくさいうんこの中で白衣着て腐った顔で暮らさなければならない。そんな拘束衣脱ぎたいだろう?得意なことして自由になってお金なんか関係ない生活がしたいだろう?と言った。と言った。と言った。
呪詛みたいな汚い声だった。天使の声は鈴のようと推測されておるのだが、本物の天使は未熟でやわらかくて、すぐに悪魔にでもなんでもないやつにも変わりうる、にゅるにゅるした存在だそうだ、声帯がなまぬるく、ぼちゃぼちゃした羊水が混ざっているから、常に汚い声しか出ないのだそうだ。
私がベルを鳴らしたら天使が羽根をもらえるらしい。でもベルがない、ベルはどれ?鳴らし方が、わからない。歌えばいい?近い音なら、羽根は私に騙されてくれるだろうか。
羽根は私の声を愛してくれるだろうか。この愛は、羽根に伝わるだろうか、というかこれはそもそものところ、愛なのだろうか。
来た。来た。首の後ろから舌みたいな長いのが頭頂をぐーっとまわってからだすべてを覆う。集中のきざし。見た目的には、自分自身も胎児のような、とてもなんでもいれやすそうな、とてもなんでも入っていきそうな、そんな素直な、体型をして。
人生変えたい。おかねはいらない。甘やかされて泣いてもいいから最後まで優しくされまくって、銃声の一声もないトウキビ畑で血糖を調整していたい。と胎児に祈った。
どうやったら出せるの。隔離室だから鍵がないと開かないんだよ。鍵を持ってるのは誰?鍵を持ってるのはあの男。絶対嘘をつかなさそうな男。素朴で、素直で、いつも傷ついている。かわいくて、かわいそうで、おまえのことが大好きな男ならばなんでもいい。
その男なら出せるの?その男が私の隔離室を開けてくれてキミを出してくれるの?まるまったまま私は問いかける。そうだ、そうだから早くそいつをつかまえてこい。
そいつを一回抱いて一晩が終わったら一発で殺せ。そうすれば俺は生まれる。そいつの叫び声が、天使が羽根をもらえる鈴の音なんだと中の人が言う。
ぐねぐねぐねぐね動きながら中の人は期待している。男が入ってくるのを期待している。待ち望んでいる。絶対嘘をつかなさそうな男。素朴で、素直で、いつも傷ついている。
可愛くて、可哀想で、私のことが大好きな男。
中の人の指示通り、望み通りの男を連れて、一晩抱いてそれから殺した。
カマキリの真似をして全て執り行えばよいことだった。
罪の人になる代わりに私は聖母になったのだ。抱いてしまったために好きになってしまった人をわざと失った私は一生をマリア像みたいに血で赤く泣きはらしながら生きなければならなくなった。でもお金はいらなかったし得意なことして自由になってる。
中の人の正体は文章だった。ビスケットひとかけらぶんの。私鉄の一駅ぶんの。小さな文章だった。体調50cmなのに重さ3000kgもあった。どうりでここ暫く体が重くて鬱状態だったなあと思った。重たい重たい文章だった。嗚呼此れはなんと凄い、早くあの子に見せたいわ。他人の顔を思い出したところで熱が冷めて急激にしぼんで、それは手の中で見えなくなってしまった。
音さえ漏らさない鉄格子の隔離室はお母さんの胎内のようだ。光も漏らさずに鍵かけた隔離室みたいな胎内を私がどうやら持ってしまったようだ。