渡辺繁一のブログ -7ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

昨日、妻の携帯でFacebookをした。

共通の友達は何人かいるのだが、画面が全く違った。

同じFacebookを見てはいるが、

妻に入ってくる情報と
私に入ってくる情報は

全く違っていた。


これと同じことは、ライブの実社会でも言えるだろう。

妻が見える世界と
私の見える世界は

同じ世界、机、いす、空、テレビ、空気、料理しゃべってる言葉、などなど

同じに見え、同じであると感じているが・・・・・

それは、大きな思い込み。

実は全く違う

見え方であり、

入ってくる情報

受けとる情報

感じ方。

であることが解る。

だから、いいこと教えてあげる。

ええかげんに・・・・・

「君の気持ちはよくわかる」

なんていうとエライ目みるよ ホント(笑)
まず最初に、仕事とは何か?と考えて見たい。

ちょっと哲学的なのかも知れないが・・・・

お客様に喜んでもらうこと。

家族を養うこと。

自己表現の場。

社会貢献。

税金を払うため。

どれも、正解であり、そうではないかも知れない。

でも、自分自身が「仕事」に対してどう思っているか?

という事が大事で、世間でいう「正しい」答えを

自分もそういう風に思う・・・・・・

ことが、いいことだ。

なんて考えて、

自分の考えはまだまだだ・・・・と

自分自身を責めても何の得にもならず。

悪影響だけが残る。

仕事感は人によりいろいろでそれでいいと思う。

○とか×とかジャッジする癖、

他人がどう考え、どんな答えを出すのか?

と妄想するのはやめたほうがいい。

自分の知識やスキルが信じられないと、

自分以外の人や、インターネットの情報に頼ろうとする。

テストの時、別に悪気は無いのだが、他人の答えと自分の答えをそれとなく見比べたりする。

その気持ちを少しわかって欲しい。

この気持ちを仮に「自己否定意識」という事にする。


自分の思い込み、過去の自分のうまく行かなかった事を分析する。恐らく、自分のメンタルがそういう状況を作り上げて、自らが「うまくいかない」状況の主人公になっていたのだ。

そういうことが解ったことが自分にとってはすごい発見だったのだが、分析癖が過去の自分を見るだけの為にある訳ではない、それをすることで、なんか自分について新しい発見はあった。過去の失敗は恐らく、そういうものに多くの原因がある。これがわかった。
解ることは、楽しい、過去の自分の振る舞いが、解ってくる。


で、問題は
今、であり。
これからの未来である。

過去の分析というとカッコイイが、別の見方をすると後悔である。(笑)
後悔しても、未来は変わらない。
過去の自分の役割は終了したのだ。
これから・・・・・
どうするのか?
どうしたいのか?

自分はどうなりたいから。
自分どうするのか。

過去があるから過去を顧みてしまう。
顧みることは、成功に近づくものではない。
反省し過ぎは後悔し過ぎ、なのだ。失敗の痛い体験はいつまでも、頭と心に深く残り
自分自身の考え方に大きな影響を及ぼす、そのことで、過去と同じ役割に戻ってしまう。
選択の余地無くなった追い込まれた状況を思い出すだけでは解決にならない。
「また失敗してしまうのではないだろうか?」という気持ちが追体験を引き起こす。

多くの人が、変わりたいと思っていても、変わる事ができない大きな理由は、ここにあるではないだろうか?

少しだけ変わったことを体験して、それで自分が「変わった」と思っている。が、少しだけいつもと違うことをやっただけで、それは、たまにディズニーランドに行くのと同じようなことをしているだけ。しかし、それが刺激になり、影響を与えていることは事実だ、そこで感じた体験がきっかけとなり、日常に大きな変化が訪れる人もある。
ただ、大半の人は、ああ面白かったなぁ、さあ、明日から日常だ・・・・
心、頭、身体は以前の状態に急激に引き戻されてしまう。

変わるためというか、本来の自分を取り戻す為になる出来事に多くの人はもう既に、出会っているのだ、何度何度も。そのチャンスは、だれにでも公平に訪れている、だが、多くの人はそれが見えない。

その、見えなくさせているものは何だ?

疑いの心、思い込み、それも自分を疑う心がそれを見えなくさせてしまっている。
疑う心が真実を屈折させて、歪曲させて見せるのだ。

ここにココロ優しいアドバイザーがいて、相手の事を知り尽くした結果、「あなたはこうする事がいいですよ」と言ったとしても、相手が、そうとは思わない(つまり疑っている)ものは、それをやることは無い、アドバイザーの言葉を信じて相手がそれをやり始めたとしても、そうとは思わないこころがあればそれはうまくいかない。

本来のアドバイザーは、相手に真実を見せるために、どんな刺激を与えればそれが見えるのかを知っている、あるいはそれを見つける事ができるを知っていることだ。
日常の生活の中でアドバイザーはいたるところにいる。あらゆる出来事は、私たちに何かを報せ、チャンスを与えている。

疑問を抱かせること、違和感を感じさせること、なんか変だ、気になる、これは私の知らないことだ、あんな人になりたいぁ、そういう気持ちが混乱を招くこともある。

混乱し、問題を見つけ、障害が見えたとき、人は変わる切符を、成長する切符を手にすることができるのだ。
自己啓発書は、個人的な成長に根ざすもの

コストをかけるから学ぶ時間が短くて、その効果があがるのが望ましい。

だから評価が気にかるところだ、



どこかの偉い人がどうのこうの言ってたり。

ランキングがどうのこうの。




しかし、その評価を自分が本を選択する基準にしてしまうと

おかしな事になる・・・・



お勉強好きならそれはそれで良いかもしれないが

いつか、自己啓発本カルトクイズで全問正解して大金を稼ぐつもりなのか?

よー解らん。

作戦ミスに気づいた時ほど最悪なことはない
2日と思っていた準備期間が2時間もないとは・・・
戦術ミスはまさに命取りだ
失敗した時は後悔より問題の解決に集中すべし
戦闘中は後悔してもムダだ
死体には謝れない

映画 「バーン・ノーティス」より