渡辺繁一のブログ -6ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

価値の定義には様々な説があり、どれが正しいということは断定しにくいし、またするべきでも
無いのかも知れません。



問題
ここに、100円のボールペンがあるとします。
このボールペンを1,000円で売る。この方法を考えてください。
難しく考える必要は無いのです。








ヒントを出します。

そんな事ムリっと思えることでも
私以外の○○さんだったら、きっとこうしてああして100円のボールペンを1000円で売ることができるはず。というのもありです。
「きっとこうしてああして」は自分で考えてください。
田中さんだったら、きっと斬新なアイデアをだして100円のボールペンを1000円で売ることができるはず。
という答えはNGです。



だいたい100個ぐらいのアイデアをひねりだします。

頭の柔軟性、筋トレのようなものだと思ってほしいのです。

ある程度アイデアがうかんだらこの先を読んでください。















きっとムリ・・・と思ってしまうのは、日頃自分が自分に付けている制限があるために

そう思ってしまうのです。
なぜでしょうか?
その方法で問題が起こらなかった・・・・・
その方法でうまくいったから・・・・・
実績があるから・・・・
前例がないから・・・・
人間の脳みそはめっちゃ燃費が悪いんで、同じことを一般化、記号化してしまう。
だから、考え方も知らず知らずのうちに問題を起こさず、スピーディーに・・・・
という意識が無意識的に働いてしまう。
これは、人間の本能だから逆らうことができない。



「成功したという実績は偉大だが、それに縛られるなら成功なんかしない方がいい。」

一昨日、クリームシチューの話を書いた。

実は、もう一つ、クリームシチューでブレークスルーがあったのだ。


それは、「2つ星レストランのシェフのレシピ」という究極のクリームシチューを味わいたいために、そのレシピに忠実に、作ったことだ。



普段、僕は料理を作る方なので、クックパッドなんかに書いてあるレシピは

自分流にアレンジして作ってしまう。

今回も、ああしたら、とか、これを先にやった方がとかいろいろと

雑念(雑音)が出てきたが、それを一切遮断して、

その瞬間を楽しみながら集中し、作った。


その結果、素晴らしいクリームシチューが完成した。






これって、ビジネスや人生でも言えることかも知れない。

一流の成功者の書いた著書や、セミナーを聞いたり、体験したするが。

いろんな本を読んだり、セミナーに出たりしていると。

自己を見つめる為に、

「オープンマインドになりましょう」

とか言うけど。

実際、「オープンマインド」と本人がそう思ってるだけ・・・・

例えば、「潜在意識」という言葉を初めて聞く人は、

そのイメージや意味が頭の中や心の中には無いが

何度かセミナーや、自己啓発を読んでいるとこのイメージ、

意味を無意識化で参照しているのだ。

「潜在意識」という言葉にイメージや意味や感情がくっついている。

あらゆる言葉にはこれが紐づいている。

だから、雑音はセミナーや自己啓発書を受けた人の方がむしろ出てきやすい。

私の場合の思考のフィルターは・・・・

私もいろいろ受けたり、本を読んだりしてきた。

だから、これだけ勉強してきたから・・・・

高いセミナーを受けたから・・・・

その余計な意識が僕の無意識の中で雑音を作り出していたのだ。

という事に今日は気づくことができた。





これから、このルールを自分に適用する・・・・・

有名な成功者の話や自己啓発を読むとき。
自己流の思考フィルターを一旦捨て、
一切、疑うこと無く忠実にその人の言いたいことを聴く。
クリームシチューの作り方 といえば。


バターで鶏肉を炒め、そのあと野菜(人参・玉ねぎ・じゃがいも)を炒め。
水とコンソメを入れてコトコト煮込む。
野菜が柔らかくなったら
ホワイトソース、もしくはシチューのルーを入れて
とろみがでるまで煮込み、最後にブロッコリーを入れて
火が通ったら完成。



だと、思ってた。


ところが本日作ったクリームシチューのレシピは全く違っていた。
お肉を炒めない。お野菜も炒めない。牛乳を使わない。
ミシェラン2つ星シェフのレシピ。
半信半疑でそのレシピ通りつくってみた。

詳しくはこちら
http://bit.ly/1BE6Sa3
で感想、めちゃ うまい!!
自分が正しいと思うと、そうでは無いものは正しくない。
間違っている。思ってしまう。


「ミシェラン2つ星シェフのレシピ」とハナマルマーケットで紹介されたという実績があったので・・・・・

これは確かであるというイメージが自分の中に出来ていた。

作ってみよう。作りたい。

美味しいに違いない。

自分は料理を多少知っている(つもり)なので
レシピを見ながら、ここはこうしたら。とか、
先にこれをした方がいいんじゃないか?
いろいろ、心の中で意見が出る訳なのですが。

今回は、そういう自分からでてくる雑音をいっさい排除。
初心ももどり、そのレシピ通り、素直に、正確に作ってみました。


料理を食べながら。
自分の思い込み(世界感)もちょっとしたことで
広げることができるもんだ。
と感慨にふけってしまった。
ちょっと大げさに言うと。
本当に信じること。決して疑わない。
というのは非常に強い心のあり方(状態)である。
だから、不可能だったものが可能になる。




また、この話は、別の事を考えさせられた。
今日は「ミシェラン2つ星シェフのレシピ」とハナマルマーケットで紹介されたという実績があったので・・・・・
それをやる情熱がわきおこったが。
あまり信憑性の高くないと(思われる)情報であれば、
それを確信と認識し、実際に作るまでにはいたらなかったであろう。
世の中の情報には、人に確信を与えるまで影響力をもつもの。
あるいは持たないもの。この差はなぜうまれるか?
この差は、ブランドの力。と言える。
誰が言った言葉か?
ブランドのある人(会社)が言った(発信)した情報だから。
信頼した。ということになる。
昨日書いた投稿で今年初の76イイネをもらったので、

このまま図に乗って書いてみようと思う。

昨夜は、少し、批判的な意見を書いた。




もし、自分の会社がそのチャラチャラした提案をしていて、

それがつぎつぎに採用され、売り上げがどんどんあがっていたと・・・・

すれば・・・・

順風満帆・・・・

怖いものなし・・・・

売り上げが上がっている=うまくいってる。

だから私は間違っていない。正しいことをしている。

と言う確信を持つに至れば・・・・

昨夜のような少し辛口な意見は出てこなかったと思う。




これは、すごく怖いことであると思うのです。

気づかない怖さ。

厳しい経済状況だからこそ・・・・

このことが私は初めて見ることができたのかも知れない。

と思うと、この目線は非常に貴重だし、最大のギフトかも知れない。

問題であると本人が気づかないことには、

その問題を解決しなければ・・・・という情熱は発生してこない。

解決策は、問題であるという認識があって初めて効果がある。

困ってない人につける薬は無い。

自分なりにこの悪しき商習慣を補正する方法を考えてみたい。
チャラチャラした提案で、新しさで目を引き、面白いな、この会社。

と思わせ会社が

あまりにも最近増えてきている。

イノベーション。

プロジェクションマッピング。

デジタルサイネージ。

ハードは、あくまでも強力な道具であり、武器。なのだが。。。。


その販売のために、

メーカーや、システム屋さんが

中途半端なコンセプトや

マーケティング理論を持ち出してきて

クライアントをプレゼンするのを見ていると

頭がおかしくなる。

それで、運営は、クライアントで・・・・

リスクはクライアント。販売して終わり。

中途半端なコンセプトは、単に、お飾りである。

これはまるっきり、詐欺だ。



10年ほど前に某商業施設で導入したシステムが

数ヶ月前に機能停止した。

演出装置の計画や、コンテンツのディレクターは

デザイナーからの指示。

サイネージのコンテンツは私が作成した。

そのまんま、10年間運用されていたことになる。

で、施設の人はそれを見たことがない。

と言う。

誓って言うが、コンテンツは一秒たりとも手を抜いてない。

演出装置が、訪れたお客様になんらかの

効果を与えていたとするならば、

おそらく施設の人もその存在に気づいていたはずである。

コストは、結構かかったと思う。



効果が無いとそれは、存在しないと同じことになる。


このようなプロジェクト、もしかしたら

日本中にあるのではないだろうか?

この原因は、メーカーやシステムデザイン側にだけにあるのではない。

それを設計する側の立場の人。

それを購入を決める人。

それを運用する立場の人。

その装置自体の効果と目的。

「何があれば(おこれば)それは成功した」という

導入における結果とその予算の関係を

本来は協議するべきなのだが・・・・

この現状をどうすることもできないと

ただ漠然と見ていては。



あまりにも学習能力が無いと自分自身、反省する。


いいわけはたくさんできる。


組織が大きいので、孫請けの立場では、意見が通らない。

デザイナーの意図に押し切られた。

などなど



でも、上記のような展開を望んで

施設をデザインする人はいないし

工事をする人も自分が携わったもので人が喜んでほしいと思っているはずだ




と私は思いたい。


だから、そんなこと理想だよ。

と言われても、

自分ができる最大限の事を

その瞬間、その瞬間。

働きかけて行きたいと思うのでした。