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渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

大阪都構想・・・・
昔、大阪市民だったころ、大阪市や府のお仕事をたくさんさせていただいた。
なにかと話題になる施設だ。
WTC(損失)、フェスティバルゲート(閉鎖)、ラスパ大阪(閉鎖)、民間委託になった鶴見緑地温水プール。
音響と照明設備を導入した鶴見緑地温水プール、毎年、年度末前になると「定期点検」の依頼がくる。定期点検の目的とは、老朽化すると機材が不具合をおこして正常に動作しなくなるので事前に点検して、不具合が起こっている箇所や、不具合が起こりそうな箇所を役所に報告する。
専門業者でないと推定できない不具合の原因や、場合によっては大事故につながる原因を見極め、それらを適切に改修、改善して安全と快適に施設を運営するということがこの業務の「主旨」であると理解していた。
改善に対する予算がまったくつかず、5年程度でその施設にある音響と照明設備は全く動作しなくなってしまった。
にも、関わらず、定期点検の依頼だけは毎年、判子で押したように(本当に判子は押してある)注文がくる。
さすがに2年同じ点検報告書を書いて、3年目の定期点検の依頼がきたときは、お断り申し上げた、もし断っていなかったら仕事は継続していたはずである。
使わないものを点検してお金をもらう←小学校でも変だとわかるぞ。
なにを言いたいのかと言うと。
本当に点検報告書を読んでいたのだろうか?という疑問、
お金を使うこと(事業)に対しての効果(目的)の意識の欠如があったのではないか?と思ってしまう。
確かに、この仕事(業務)自体はそんなに高額なものではないですが、この事例は金額の大小こそあれ、実態としてあるのでは?と疑ってしまう。
「自分がやった仕事が大阪市の事業として価値を生み出すかどうかは知った事じゃない、注文がくればそれをきちんとやればいいのだ。」という発想もあるかと思います。
役所に関係する会社の多くは役所の財源で経済活動が営まれています。
ですから、「歯向かってはいけない」「恐れ多い」という空気感が多少あります。(何時代やねん?)
ちょっと話はとびますが、「方言」ってその土地で語り継がれ、それを直そうとしてもなかなか難しいものですよね。
その方言にあたるのが、役所でいえば「体質」長年に渡り行動や、考え方(空気の読み方)なんかが凝縮されている。別名「職場の常識」。
が役所の考え方や行動、判断を決める上で大きな力になっている。
だから。。
役所の長(頭)を交換しても
役所の体質(性格、心)はそう簡単に変わらない。
「そういうもんだ」ということに気づいたときにはもうすでに「職場の常識の一部」として自分の会社が機能していたりする。
きわめておかしいのだけど、それに習うことが「正しい」ことでそれ以外の行動をとると「異端」とみなされる。だから解っていてもそれに従ってしまう。「自社の存続のため」「他人(他社)に迷惑をかけないため」という安定を優先する。「長いものに巻かれろ」「出る釘は打たれる」ということわざは「職場の常識」から発想かもしれない。
「しかたない」と「あきらめ」てしまうともうすでに死んでいるようなもの。
以前私もこの発想であったような気がする。
「そういうもんだ」・・・・
を良い方向に変えていこうとする意図が常に働いていなくては・・・
また、そういう「考え」を歓迎する環境がないと
なかなか。
なかなか。
だから、
○○さんに頑張ってもらわないと・・・・
なんて発想になったりする。
一人でいちびってても何の役にもたたなかったりする。

またそこであきらめてしまう。
ここでまた、ガンジーの言葉を思い出す。
あなたのすることのほとんどは
無意味であるが
それでもしなくてはならない
そうしたことをするのは
世界を変えるためではなく
世界によって自分が変えられないようにするためである。
(マハトマ・ガンジー)
批判を浴びる。
失敗をする。
陰口を言われる。
無視される。


これらの恐怖から開放されることは
人にとって「正しい」行動や
「精神状態」を促すことにつながる・・’・・


だから、そうならないように
行動することは「正しい」と思われて
常識化、考え方の基準になってしまっている。



今だから言えること だけど
そのことは・・・・恐怖や、失敗から逃げることを促す。
でも本人は逃げているという意識すら・・・

無いのかもしれない。

それは「諦め」に近い。


批判を避けるためにしたい事をやめる。
失敗しないためにしたい事をやめる。
陰口を言われないために、みんなにいい人になる。
そういう事を数多く経験してしまっていると


「したい事」を諦めていること

すら・・・・

忘れていて。
何をやりたいのか?
わからんようになってしまう。
のらりくらりと
痛みをかわして生きてきても
いつか必ず
それを乗り越えないといけない
そんな時期がちょうどいいタイミングで
訪れるから
焦って痛みと戦うなんて
やめた方がいいんよ。。。。。


こんなパターンにはまってるのかもね。

A

成功者の真似をして
トイレの掃除をしたり
アファーメーションをしたり

これも決して悪いことではないけど。
自分が本当にやりたいのか?
これがごちゃごちゃといろんな情報や
思い込みや考え方の癖がありすぎて
見えてない。
あるいは、見えないようにしているのかも知れない。

失敗したら
俺は駄目なやつ、
みんなのようにうまくいかない。
そんなことでどんどん自分を責めてしまう。

ひどくなると
罪悪感の塊。
自信喪失。

自信を取り戻すために
セミナーにいったり本を読む。

そしてそれをやってみる。

→Aに戻る
たくさん、たくさんセミナーを受けてきて、
自己投資してきたのにも
かかわらず。
成果がだせていない。
だから・・・・

でも、いいんだ

結果なんて。。。(笑)

自分に甘いことの必要さ・・・
それは自分を許すことであったり


自分に厳しいと
怠けていたり
決めたことができんかったりすると

あるいは他人に迷惑をかけたりすると

自分をとことん責めて、責めて、
苦痛を味わって。

こんなに苦労してるにも
かかわらず
うまくいかへん。

と要は自分でひっくり返ってるだけで。
自分を哀れむだけ。

また、
これはいけない、
こうしないといけない、

正しさはこうする。

という世間でいうところの
成功者の常識のようなものに
影響されてしまって

本来の、自分がいいなぁ、
落ち着く、そんな状況に
陥ることが正しく無い。
から

罪悪感を抱いてしまう。
そんな人ってあんがい
多いんじゃないかなぁ

普段、僕はテレビを見ない。
でも、昨日から嫁と息子が大阪に・・・・
やった・・・・独身気分(笑)
っーことで、テレビでも見ようかとちらっと見たら。
報道ステーション。古館伊知郎氏と古賀茂明氏がちょっともめていた。
で、最後のこのフィリップ....




あなたのすることのほとんどは
無意味であるが
それでもしなくてはならない
そうしたことをするのは
世界を変えるためではなく
世界によって自分が変えられないようにするためである。
(マハトマ・ガンジー)




マスコミにとって痛い言葉だけど。
本当にその事を解っているのだろうか?(笑)
このフィリップは局が用意したもの。
この発言をメディアできる古賀茂明氏はすごい人だ



世界によって自分がもうすでに「変わってしまっていたら」
この意味が理解できなくなってしまう。
それは本当に怖いことですね。