渡辺繁一のブログ -68ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

昨日も現場の立会い、終了時間は21時30分。

ここんとこ、仕事が詰まっている。

朝から、夜まで現場、夜から帰社して、映像の編集、デザインワーク、図面作成。

少し仮眠、現場に行く。

なんて事を3日連続で行ってるとだんだん疲れ来る。

今日は自分にご褒美。

ひざびさの夕食を外食したあと川崎からタクシーで帰る事した。

タクシーの運転手さんと世間話をする。

よっぽど話たかっただろう、いきなり話題は、駅前のバスターミナルの改修工事の話題に。

高齢化に伴い、町全体の機能が見直しを迫られている。

地下街から地上のバスターミナルにあがるには、ほとんど階段を使用する。

階段を降りて、歩いて、階段を昇る。

地下街自体は深いので結構な運動量だ、高齢者向けのデザインではない、まして身体障害者にとっては

実質利用が難しい。

そんな市民の声が実は開設当初からあったのだと言う。

1987年に竣工。当時、静岡駅前地下街爆発があった、その影響で当時の建設省が地下街の建設を許可しない姿勢をとったので、「日本最後の地下街」となる予定だった。(その後、後に防災基準を強化し認可再開)

人の命は重たい、その尊重の意識は上記の例でも伝わってくる、大きな事故や災害がおこると
その事例に学び、事故を未然に食い止める為の措置をおこない、法整備を行う。

その逆に人の身体や心の重みが軽いのでは無いかと思う。開業当初から「使いずらい」「人に優しくない」
という要望があったのにもかかわらず、今まで改修される事は無かった。

ここで少し乱暴な理論を。

足に障害を持つ人が階段を登り降りする事で、身体に負担がかかり、寿命(測定できないが)10秒短くなるとする。


一日あたりのバスターミナルを利用する人

×足に障害を持つ人の割合

×10秒

=バスターミナルで一日あたりの短くなる寿命の総数(秒)



●バスターミナルの一日あたりの死亡者

=バスターミナルで一日あたりの短くなる寿命の総数(秒)

÷(88年×365日×24時間×60分×60秒)



10秒というのはあくまでもこの乱暴な理論の為のダミーの数値、医療的な根拠はみじんも無い。

ここで言いのは、身体の価格は軽視されるが、身体に対する影響を定量的に表したかった

「命」「身体」を数値化すると取り組むべき問題である事が見えてくると思う。



先ほども書いたが

高齢化に伴い、町全体の機能が見直しを迫られている。

この言葉の持つ意味が、「命」と「身体」の新しい解釈をした後でどういう変化をしただろう。


上辺のデザインは無く、根底を考え、デザインするそんな考えが必要だろう。



戦略は、自発的でないといけない。

人(他の人)からの情報や、アドバイスをそのまま即席で戦略であると利用すると

必ずうまくいきません。

即席ラーメンのように即効性(すぐにお腹が満たされる)はあるが、それで終わってしまう可能性がある。

それは、戦略が産まれる源を理解していないからだと思います。

つまり「何故」がきちんと決まっていないと、マーケットに対してのテスト→挙動の理屈が理解できない

という事になってしまう。

マーケットに対するテストは必ず正しい答えが帰ってくる。

ただ、正確にその答えをとらえる(受け止める)感じる、事ができないと、そのテストの意味がなくなってしまう。

「何故うまくいかないのか?」

その本当の答えが理解できないと 路に迷ってしまうのだ。

その時にたよりになるのがクライアントの発する「何故」だったり、

自分が「何故」そうしているのかという事だったりするのだ。


少し話をかえよう。

セミナーで学ぶ内容を柔道の形のようなものだと考えてみると分かりやすい。

同じ事を何百回、何千回も行うと自然にその身体の動きというものが出来てくる。

投げられた時、こういう風の左肩から地面に着地して背中を・・・・・

と考えながら受け身をする事はしないはずである。

普段歩くときも左足を持ち上げて、膝を曲げて前につきだして・・・・

と考えて動作を行うのでは無い。


今までの経営や、人とのコミュケーションの方法、マーケティングの方法、恋愛関係。

優先順位をきめる方法 が今までの経験で育成された、「反応の形」で固定されてると

考えてみよう。今回のセミナーはその「反応の形」を矯正する為に準備であると。

すぐに出来ないと焦る必要は無い。なぜならいまそれに気づいたばかりなのだから。







空気中の水分量は湿度という形で表される。
これが少ないとかさかさで、咳や病気の元になる。

人に会って、なんだかわくわくするとか、楽しい気分になる事があります。
空間も同じで、なんだか落ち着く、しっくりくる・・・・

そのみずみずしいイメージはどこからくるのだろうか?

ホスピタリティイメージの一部はこの湿度のようなものかも知れません。

快適な空間は物質的なものだけでは無くてみずみずしいオーラのようなものが
満ちている必要があるのかも知れません。

形(外観)だけで繕うとそれはたぶん伝わってしまう。

気持ちに潤い(水分量)がすくないと、

まいいっか・・・
この程度にしておこう・・・

という意識が自然に働く。
そういう気持ちは何故か人に伝わるという作用を生じるようだ。
あるセミナーでパソコン教室のオーナと話をした。

シニア向けのパソコン教室があちこちで開かれている。

年代は60歳以上が対象だったりする。


パソコンについてスキルと習得すると自発的にパソコンについて学習し、必要な情報を入手する

スキルも身に付いてくる。

その喜びは、自分に羽が生えたような感覚、初めて車で遠くに出かけいったわくわく感に近いものがあると思う。

スクールとしても目的は、スキルのアップという事があるが、スキルアップをする事でどんな世界が広がるかを魅せることでもある。

そして、豊なこころをもった人を世の中に送り出す機能があるのでは無いかと考えた。


それとまた別の側面を持っている。

でもあと10年もすると、パソコンを知っている人が増えて

シニア向けのパソコン教室のニーズは激減するだろう。

その顧客のニーズに合わせたサービスを提供することを

いまから考えるといいかも知れない。