渡辺繁一のブログ -39ページ目

渡辺繁一のブログ

演出の効果を設計する

一人暮らしでたまにしか自炊しない人と、3人家族でほとんど自炊の人では、最適な冷蔵庫のサイズは当然異なる。
(最適化)

そんな単純なことは理解できるのだが。
プロジェクトも明確化すると同じ原理が見える。
要は目的が解りにくい事が問題を多くしている。
目的を解りやすくするという事は焦点を絞り込むこと。
何をすれば、どうなれば価値がある(期待されている)かをプロジェクトのリーダーは明確化する義務がある。
昨日のホームパーティ、前日に電話したのにも関わらず。参加していただいた、泉忠司さん、非常に気さくなんだけど、去年は文化勲章をもらい、大学の講師で、40冊も本を書いている。(いろいろ書くと長くなるので詳しくは泉さんのHPを参考にしてください。)

先月発売されたばかりの本を早速購入し、読ませていただいた。 成功本は、読みやすい、解りやすいだけでは、一瞬だけ感動して、頭に残らない、こんなありがちな感動曲線に成ってしまいがちなコノ手のビジネス書とは違うと感じた。

それはなんだろうか?泉さん自身の体験が物語るインパクトのある実践例が充分に頭に刺さるのだ。

コンフィデンス・シンキング ~成功のための7つの絶対原則~/泉 忠司

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昨日のブログでセミナーや本の情報は解りやすい=忘れやすいという書き方をした。
実際、忘れているのだろうか?忘れているとは別の言い方をすると思い出せないということで、深い部分の記憶に刻まれいると言うことができる。小さい頃の思い出が昔のアルバムや旧友の声を聞いただけででよみがえったりする。と言う事は、「忘れてはいないのだ」「思い出すこと」が出来なくなっているだけで、思い出したい情報が、今は必要では無いと潜在意識の中で判断されているという解釈ができるかと思う。カクテルパーティ現象と言う言葉をご存知だろうか?パーティ会場の音楽や会話でざわついた中でも「渡辺さんいますか?」「渡辺さんいますか?」と自分の名前を呼ばれると聞こえないはずなのに聞こえるということが起こる。自分に必要な情報、価値が有ると考えられる情報には感覚のトリガーがかかると考えられる。遊園地での迷子の案内、遊んで夢中になると全く頭に入ってこないが、もし、自分の子供が迷子になったりすると耳をダンボのようにして聞く事だろう。

セミナーの情報はすごい、クリス岡崎さんは昨日のブログのコメントで「セミナーの情報量はビデオの100倍、オーディオの300倍、本の1000倍以上あると思うよ。」と言っている。また、今まで生きて見たり、聞いたり、体感してきた情報はまた膨大にある。それらの情報は貴方の頭脳の片隅に眠っている。

静かに活用されるタイミングを待っているその情報は、フォーカス、集中した時に蘇る。だから、常に意識をその今ある事に向ける。そうする事で無限とも思われる自分の頭の中にある情報、知力を活用する事ができるように成ってくるのだ。
セミナー、ビジネス書のたぐいは、解りやすいように考え方を示してくれて、実際聞いた時や読んだときは、なるほど、腑に落ちた。なるほど、なるほどと心の中に爽快感を味会うのだが、暫く時間が経過したり、現実の仕事に戻った時にそのことはきれいさっぱり忘れてしまっている、なんて事が多い。
でも、実際の仕事や生活の場面は一瞬一瞬が物事をどのように考えるのか?の連続であり。
その、一瞬一瞬の意味をどのようにとらえ、分析し、判断しするのかを考える「場」である。と考えるとセミナーや本を読んでいる以上に一瞬一瞬で学びとる情報量は多く、かつ有益である。

解りやすいことは、良い事だが、自分の知力には成りにくい。知識であって、自らの洞察力や、観察力や、感性で発見した理論では無いからだ。すなわち忘れやすい、実践的に経験して、感動を伴って心に刻まれた自分なりの理論を発見することこそが自らを成長させるものだと考えている。
仕事が沢山詰まってくると、どうしても早く片付けよう、片付けようと、今、現在の仕事が詰まってどうしようもない状況から一刻も早く逃れたいという心理が働く、この心理状態ではクリエィティビティは発揮できない。単に痛みを避けるために仕事を処理しているだけだ。当然モチベーションもさがり、仕事のクオリティも下がるという訳だ。

そのような状況は自分の周りの人に敏感に伝わるのだ。

なんか焦っている感じ、落ち着きの無い感じ。慌てている感じ。

当の本人は、大真面目で頑張っているのだが?

こんな状況の人に仕事が集まってくるだろうか?

以前の私はこのような状況で、完全に自分自身の感情のコントロールを失い、ただ仕事に追われ、言われるがままに仕事を処理するだけの機械になってしまった事がある。

ちょうどモグラたたきゲームの様な状況だ。時間がないので適当に処理してるものだから、後でそれが問題を引き起こす、問題が起こるのを起こったら処理する。おこったら処理するという行動パターンになってしまう。時間が無いのでとりあえずこれを提出しておいて、なにか言われたら「すいません」と言って取り繕う。ろくでも無い状況だったことがある。