緊急な時間が無い仕事は、暴走しながら考えるのか?突っ走っている時は、視野が狭くなる、目標しか見えないそんな状況かも知れない。以前の僕はその先頭に立ち、あらゆる失敗のリスクにさらされていた。
ラッセル車の様な仕事のしかたをしていた。
奴にやらせればななんとかなる。そう、僕の後には路が出来る。
失敗しない事は当たり前の条件、でも結構ハードルが高かったりする。僕が失敗する事で、うまくいく人もいる。
負ける人がいるから、勝つ人がいるのだ。成功する人の為に喜んで失敗したリソースを提供することが、自分の貢献の意識であると考えた事もあった。
でも、失敗してばかりいると、失敗する事が段々無くなってくる。
今、僕は、突っ走る電車を上や、横や、正面から見る事で、問題を見つけてあげる事が出来ると考えている。
同じ電車に決して乗らないようにしている。同じ電車の同じ視野で考えると猛スピードの電車は視野が狭いのだ。
世の中には、自分が先頭にいるのに、それを他のだれかに委託して、パフォーマンスが悪いと批判する人種もいる
まわりの情報が一切見えない、問題がある事すら解らない、このきわめて危険な状況下では「本当の問題はこれですよ」大きな声で言ったところで、先頭にいる人は、聞く耳をもたない。彼にとっては雑音なのだ。
これは本当、実際自分がそうだった。
リスクのオンパレードの様なプロジェクトを何度か行うと、アタマで考える力が変に付きすぎる、それは、テクニック的には有効かも知れないが、セルフイメージは荒んでいく。
他人からサゼッションを受けたぐらいで、自分のやっている事の方向性をふらふら変更する事はそれ自体で問題、だから私はその本人が「気づく」ことが必要であると考える。
良いアドバイザーはクライアントに気づきを与える。情報提供者は、これをやってはいけない、これをすれは成功するとテクニックを吹聴する。