やることなすこと考えることが中途半端なのです。 | 渡辺繁一のブログ

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演出の効果を設計する

自分の直感について勇気を持つこと。

アップルのCEOスティーブ・ジョブズが語った一部のコトバだ。

また、昨日、友人で尊敬する岡田氏のブログで

あなたはあなたの考えで生きる。
それだけなのです。
正しい事を追及して疲弊するより、
あなた自身の“楽しさ”を追いかけて下さい。
何をしていたらワクワクするか、
誰といたらドキドキするか。

というコトバが自分の気持ちに刺さった。

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最近、解った、腑に落ちた、インストールされたなどと心で感じている事・・・・

だった事は、実は頭で理解し、分析してだけだったのでは無いかと疑問が湧いてきている。

自分の夢、目指すものがこれで、将来どうしたいのか?

その形をいちおうは紙に書いてはみたものの・・・・・

自分を駆立てる、ワクワク感や楽しさが無いのである。

自分は他の人は少し違う感情のロジックがあるようだ。

楽しむ事に罪悪感を感じる事すらある。

楽しんでそれをひけらかす、自慢する、それは良く無い事だと。

小さいころはもっと自由に発言し、行動していたような気がする。

絵を書くのが好きだったのを思い出した。小学校では、たしか学校に張り出された思い出がある。

美術だけは、時間を忘れたような思い出がある。

ある時、版画をつくった、先生が結構褒めてくれた覚えがある。

気持ちも心も絶頂感だった時に、「有頂天になるな」と友人から厳しい指摘をいただいた。

それが始まりでは無いのだろが、賞をもらう、褒美をもらう事に対して、違和感があるのだ。

そろばん塾の授業である成績をあげた時、帰り際に判子を手帳に押してもらうことができ、たまると何か特典がもらえるような事があったと思う。自分はその判子を押してもらう事に全く興味が無かった。

具体的には覚えていないが自分が楽しいという感情を得、他の人に比べ優位になるとその賞を辞退する。そんな考えが自分にはある、それを美化するつもりも無い。ただ、ふさわしく無いと感じてしまう。

秋葉原の通り魔事件をみて、事故に遭われた人に両親が泣き叫んでいるのを見て、前途ある若者の変わりに自分が変わることができればなぞと考えがよぎったことがある。

毎日、いろんな人の苦しんでいるというのに、自分だけが楽しむ事は良く無い事だと。

しかし、セミナーや研修にでて自分のやりたい事が少し解ってきたりすると、

自分はブレーキが効かなく事があるようだ。

先日、自分が覚えたマーケティングの

理論をある会社に吹聴した、そのことが、あまり良く無い印象をつくってしまった。

ところかまわず理論を喋ることで「頭でっかち」な存在にクライアントから見えてしまった。

その会社に対する対応であることを知らされる事になった。

クライアントが私に言った事は「知るものは語らず、知らぬものは語る。」

結局、浅いのだ。

やることなすこと考えることが中途半端なのです。