某、デザイン事務所との打合せ、中国の富裕層向けのマンションギャラリーのデザインをしているという。中国国内の案件を日本から責任施工しようとしてもコスト的に厳しいものがある。という訳で今回はプランだけを建てるということでの打合せだった。
ショールームの平面図を渡され、照明計画のプランをするのだが、情報がなにも無い。
今回販売するものは分譲か?
賃貸か?
販売金額は?ここにくるターゲット(富裕層)の種類は?
ショールームの狙いは?
展示物を見る時間は?
ショーのシナリオは?
ソフト的な事は全く情報が無いのだ、これでは、プランの書きようが無い。
意見を求めるが、無いものは無いのだ。
それでも、デザイン事務所や設計事務所は図面を書いたり、プレゼンしたりする。
そういう話が着々と進んで行ったりする。ある意味、想像を超えた世界がある。
それをサポートする設備業者もノーコンセプトで、図面を書き、予算を出し、プレゼンしている。
何の為にそれらの設備が使われ、それがどういう効果をお客様が手に入れるかを伝える事が出来ない。
その設備を導入しなかった時にどんなデメリットがあるのか?
実際に使用され、運用されるレベルにおける
提案が盛り込まれていない、それも当然である。
お客様の事を理解をしていないからだ。
さっきのようなお客様がその設備を導入したことにおける効果やベネフィットをアドバイスすることが
プレゼンだと思えるのだが、ノーコンセプトの状況下のプレゼンは、
単なる設備の特徴や、性能を「説明」しただけけのものであって、
その話はクライアントに睡眠薬を与えるようなものなのかも知れない。
それは、ちょうど官僚的伝達方式(軍隊的な命令形式)の商習慣のDNAを払拭する事ができない、そんなイメージがするのだ、上からの命令は絶対である、その事を忠実に守らなければならない、余計な質問はNG。この伝達形式が成立する組織は今や化石かガラパゴスなんだ。
今でこそ、携帯や、インターネット、情報伝達にかかる時間が短く、経済的に利用できるツールも広がってきている、
が・・・・・・
頭とメンタルがガラパゴスになっている、そんな業界はまだまだある。珍しいものは希少価値であるという理論が存在するが、この構造的なガラパゴス状態は産業界に根強く、数多く残っているのだ。
例え話としはあまり美しくないのだがあえて書きたいと思う
ナベの底のこびりついた焦げ跡、なかなかこすってもとる事ができないものだ、その「こびりついたもの」をきれいに削除せずにまたそのナベで料理するとどういうことが起こるだろうか?
「こびりついたもの」で味が変わったかどうかは解らないのだ。
でも、なにか違うと気づくことが出来る人は、その原因について考え、調査し、成長する事できる。
解らないという事に気づくことが無いと進化しない「ガラパゴス」になってしまう。
解らないのが問題であることを感じないといけない。