書物の目的 | 渡辺繁一のブログ

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演出の効果を設計する

最近、セールスレーターの本を読了した。

今回でこの本は3回読んだ事になる。

1回、2回目、3回目で

本の内容の受け取り方の深みが全く違う事に驚く。

1回目は、書店で面白そうだからという理由で購入し、その流れで読み終えた。

セールスレーターの力を本の内容から理解する事が出来た。

それは、紙に書いてある文字の情報を知識の一部として頭の記憶にインプットした、

だけである。

2回目は、とあるセミナーで「セールスレーター」の話が出た事がきっかけになって再読した。

そう、本の内容でセールスレーターという「言葉」は頭にインプットされていたのだが、明確に

どういう内容か?と人に質問されて答えられる状況では無かったのだ。

一冊、その専門の本を一度読んだのに?どういうことか?僕の記憶はそんなものか?

この時の読み方は、人に教えるにはどういう風に自分で解釈(理解)すればいいのだろうか?

という考え方で本を読んだと思う。そうすると、一度にスルーしていたキーワードが目にとまり、

「これはどういう意味なんだろう?」解釈(理解)がすんなり出来ない箇所が何カ所か出てくる。

筆者に質問してみるのも良いかなど考えた。

3回目は昨日、読了。

自分はビジュアル(絵で理解する)とオーディオ(音で理解する)なので、3回目の読了の体験は、実際、筆者がセミナーを開いていて、自分がそれを受講しているようなイメージでとらえていることに気づいた。

電車でふと、車内広告を目にしても、どういう観点でこのコピーを考えているのか?
いままで、考えが及ばなかった領域にまで視野が広がったという感じがしている。

自分だったらこういう感じにするだろうなと考えていたりする。

とあるセミナー(笑)で

「なんどもやってからだで覚える」「なんどもやってからだで覚える」「なんどもやってからだで覚える」

というスキルがあります。

本を何度も読み事で、筆者の伝えたかった事をからだで覚える事ができるのではないかと思います。

本来、書物は

筆者の考え方を伝える道具の一部。

それは、本を書きたいという欲求は、

筆者の頭の中にある感性、気づき、スキル、驚きなどを人に伝えたいと気持ちが強くなり

そして、これを一人でも多くのひとにシェアしたいという気持ちを文章化したもの。

だから文章を通じて、筆者の気持ちを理解する事が、人を大事にする気持ちにつながると思う。