衆議院予算委員会の質疑応答で、自民党の政治資金問題は一種の脱税だという指摘があったが、まさにその通りだと思う。トランプにしろプーチンにしろ自分の利益しか頭にない、それが政治家の一般的特徴なのだろう。そんな政治家達を支持したり投票したりする人々の発想が私には理解出来ない。おそらく有権者の利害と政治家の利害が一致すると考えているのだろうが、世の中そう単純でもない。有権者と政治家の関係も含めて、人間関係は相互のダマしあいで上手く利用できた方が勝ち、という側面もあるのだから。


前回の物理ネタのQビズムと多世界解釈で一通り説明項目は終了したが、引き続き情報をキーワードとして、私的な物理ネタを続けます。

今回は、ブラックホールと情報。

具体的には、ブラックホールの情報消失問題、を取り上げる。

昔のブラックホールに関する一般的解説書では、ブラックホールに落ちた物体には3種の特徴しかない、と説明されていた。残る3種の特徴とは質量と電荷とスピン。ブラックホール内部の重力の潮汐効果により物体が電子、陽子、中性子等の素粒子レベルまで分解されるという意味。つまりブラックホールには毛が3本しかない。

その反面、物体の詳細を記述できる量子力学では情報が保存されて決して失われることがない、と言われる。その説明には手紙が使われる。手紙には文字の形で情報が多く含まれている。手紙を焼くとその中の文字が消えて情報が失われるが、その灰を詳細に調べるとすべての文字の形と位置が判別できて、理論的には情報が復元可能だとされる。灰をクチャクチャにしても、灰の分子を元の位置に戻すことは原理的には可能で、情報は失われない。勿論、手紙をシュレッダーに入れても同じ。

ところが手紙をブラックホールに投げ込んで、事象の地平面(event horizon)を越えると、光さえも抜け出せない状況になり、手紙の中の文字で書かれた情報は決して取り出せなくなる。つまりブラックホールでは情報が保存しない。これはブラックホールには毛が3本という特徴とは別で、事象の地平面に由来する

結論として、量子力学とブラックホールでは情報保存に差があり、これをブラックホールの情報消失問題という。

ブラックホールに関する次の進歩は、情報消失問題で主役を演じた事象の地平面の近辺での真空についての考察から生まれた。

場の量子論によると真空中でも粒子と反粒子が生成消滅を繰り返している。一般に量子論では不確定性原理により、位置と運動量の積またはエネルギーと時間の積が不確定であることを原因として、粒子と反粒子のエネルギーと出現時間の積がプランク定数の範囲内であれば両粒子が生成消滅する。

その粒子を仮想粒子と呼び、実験では仮想粒子は直接観測されないが、カシミール効果(Casimir effect)により存在が確認できる。ごく狭い隙間をはさみ真空中に平行に置かれた2枚の金属板が引き合うという現象で、勿論、金属板は帯電してない。

金属板の間の狭い真空では狭い隙間に波長が収まる仮想粒子しか存在できないが、その外部ではそれ以上の長さの波長も存在できることが原因だとされる。この効果は実験で確認されているので、仮想粒子の直接観測は難しくてもその存在は確か。

ブラックホールの事象の地平面のすぐ外側で粒子と反粒子が生成したと仮定しよう。粒子と反粒子が対生成した後にすぐ対消滅すれば何の変化もないが、片方の反粒子が対消滅する前に事象の地平面を越えてブラックホール内部に落ち込んだとする。もう片方の粒子も同じようにブラックホール内部に落ちれば問題ないが、反粒子と反対方向に運動していれば、事象の地平面を離れてブラックホールから外部に放射されることになる。

この辺の状況は、名著"ホーキング、宇宙を語る"で詳しく説明されている。

一般的に粒子と反粒子で話をしたが、事象の地平面を超えるまで対消滅しない必要があるので、電子ではエネルギーが多く寿命が短いので都合が悪い。その点、光子はエネルギーが少なく比較的長い距離を移動できて、事象の地平面の内側まで到達する可能性が高い。前にも触れたが、光子の反粒子も光子なので、ブラックホールからは外部に光子が放射されることになる。これをホーキング放射という。ただしホーキング放射は何の特徴もない光で情報は含まれていないとされる。

ホーキング放射はブラックホールが熱や温度やエントロピーを持つとも考えられ、ブラックホールのエントロピーは以下の公式で与えられる。

S=A/4G

Sはエントロピーで、Aはプランク長を単位として測った事象の地平面の面積、Gはニュートンの万有引力定数。ボルツマン定数kやプランク長lpを明示した式もあるが、それらを省略した上式が一番簡単だろう。

これはベッケンシュタイン・ホーキングの公式(Bekenstein Hawking formula)と呼ばれ、ブラックホールのエントロピーを表現する有名な式だ。

熱力学によればエントロピーはその領域に含まれる情報量を意味すると考えられる。

ブラックホールは星や星間ガス等の様々な物質を吸収すればするほど巨大化して、事象の地平面の面積も多くなると考えられるので、事象の地平面の内部に蓄えられた情報量も多くなる。

事象の地平面の内側から外側へは光も脱出できないし、ホーキング放射は何も情報を含まないと想定されているので、ブラックホール内部の情報は取り出せないものの、その内部には情報が残されていることが理論的に判明した。

ブラックホールのエントロピーが定義されたことによって、ブラックホールには毛が3本しかないという状況から、内部に情報が残っている状況に改善された。

またブラックホールが放射を放つということは、周囲の物質を全て吸収し何も吸収できない状態になった後、膨大に長い時間をかけてブラックホールが蒸発することを意味する。ブラックホールの一生を考えると、誕生後、周囲の物質を吸収するにつれて内部の情報量つまりエントロピーが増加していき、周囲の物質を吸収し終わった後は、ホーキング放射により少しずつ蒸発、内部の情報量も減り始め、消滅とともに情報量もゼロになると推定される。

ところが対生成した粒子と反粒子は量子もつれ状態にあるとも考えられる。対生成して量子もつれエントロピーが増えても、対消滅すれば量子もつれエントロピーは再びゼロに戻る。ところが一方がブラックホール内部に吸収されると、対消滅できなくて量子もつれエントロピーはゼロに戻れない。つまり量子もつれエントロピーまで考慮に入れるとブラックホールのエントロピーは増えすぎるのだ。

その対策として、事象の地平面近傍にファイアウォール(firewalls)を設置して、firewallsに達した量子もつれ粒子を消滅させることによって、量子もつれエントロピーを減らすという理論的対策がなされた。

日経サイエンスでは以下の記事。

2015年7月号 特集:炎熱のブラックホール 時空の終端 ファイアウォール

ただファイアウォール仮説には反対意見も多く、この説を唱えた学者達の一部からワームホールを利用した解決策が出てきた。それがアイランド(islands)仮説。

アイランド仮説を簡単に説明すると、2個のブラックホールを用意して、その系の挙動の解析に場の量子論で系を量子化する手法である経路積分(path integral)を使用する。経路積分とは系のラグランジアンを指数関数の肩に載せてその系で運動可能な全ての経路について汎関数積分を実行するというもので、全ての経路を計算に入れることにより、アインシュタイン方程式で古典的な重力場の効果を計算するよりもワームホールが発生しやすくなるらしい。そしてワームホールを利用して、ブラックホール内部の素粒子を入れ替えることにより、ブラックホール内部の量子もつれエントロピーをゼロリセットできるという仮説。

日経サイエンスの記事。

2022年12月号 特集:ブラックホールの中をのぞく 事象地平をまたぐ「アイランド仮説」

なおこれらとは別に量子もつれ自体を捉えなおそうとする発想もある。それが以前に量子もつれの記事で言葉だけ触れたER=EPR仮説。

日経サイエンスの記事では。

2017年12月号 特集:時空と量子もつれ ワームホールと量子もつれ 量子時空の謎

ER=EPR仮説では素粒子をミクロ(微小な)ブラックホールとみなし、量子もつれ現象(EPR現象)は2つの素粒子に該当するミクロなブラックホールをつなぐミクロなワームホール(ER橋)と考える。アイランド仮説がSFに出てくるような宇宙船も通過可能なマクロ(巨大な)ワームホールを想定しているのとは対照的だが、この発想自体が面白い。

以前の記事で書いたが、ERとEPRは学者の頭文字をとった呼称

ER(ワームホール): Albert Einstein, Nathan Rosen
EPR(量子もつれ): Albert Einstein, Boris Podolsky, Nathan Rosen

ここで量子テレポーテーションを紹介しよう。量子もつれに関連した現象でもっと前に説明してもよかったのだが、複雑になり過ぎる気もして、ここまで説明を先延ばしにしてきた。

私の手持ちの専門書は以下の書籍。

現代物理最前線 5 量子テレポーテーション                  共立出版

現代物理最前線は一冊の中に三項目を取り上げて、数式を用い少し詳しく説明した書物で、その5には他に"四次元を超える時空と素粒子"、"超高圧による超電導"が掲載されている。

量子テレポーテーションには3人の人間が出てくる。アリス、ボブ、ヴィクターだ。量子もつれ状態にある光子2個が1個ずつアリスとボブに送られる。この2個の光子は偏光状態が予め判明していて、2個とも縦偏光とする。ヴィクターはボブに送信したい光子を持っているが、その偏向状態は不明で縦にも横にも斜めにもなり得るとする。つまりヴィクターが待っている光子が送信したい信号であり情報となる。

アリスとボブは距離的にかなり離れた位置にいて、ヴィクターはアリスのそぐそばにいる。ヴィクターはアリスに送信したい光子を渡しアリスはヴィクターから受け取ったと光子と受信した量子もつれ光子とをベル測定にかける。

ベル測定が量子テレポーテーションのミソで、2つの光子を量子もつれ状態にして消滅させる測定だ。ベル測定の際、アリスはヴィクターから受け取った光子の偏光状態を記録して、その情報をボブに送る。ボブはベル測定の終了後に受信した量子もつれ状態の光子の偏向を測定して、アリスから受け取った情報と照合する。

例えば、アリスから受け取った情報が横偏光でボブの測定も同じ横偏光であれば、量子テレポーテーションが成功となる。つまりヴィクターの光子がボブまで届いたことを意味する。

これをER=EPR仮説で説明すると、アリスがベル測定を実行した時点でアリスが持つ2つの光子の波動関数は収縮して、量子もつれ状態も終了するが、その際、ミクロなワームホールも崩壊し、その瞬間にヴィクターの光子もしくはその光子の情報が崩壊するワームホールをたどってボブのところまで転送される。

光子のテレポーテーションは実際に実験で成功している。そしてER=EPR仮説がその現象を説明するのに最も自然な描像を与えてくれる、と私は考える

さてこの量子テレポーテーションをブラックホールに応用しよう。事象の地平面をはさんでアリスとボブが静止しているとする。ボブと量子もつれ光子の発生装置が事象の地平面のすぐ外側に位置し、アリスとヴィクターが事象の地平面のすぐ内側に位置すると想定する。強大な重力や重力による時間遅延を考慮すると技術的には非常に難しいだろうが、理論的には可能なはず。量子もつれ光子がアリスに届いてヴィクターの光子とベル測定を行っても、その測定結果を事象の地平面を越えてボブに送信することは不可能だが、量子もつれが崩壊して、ミクロなワームホールをたどりヴィクターの光子やその情報がボブの所までテレポーテーションされるかもしれない。

前回の記事の視点で議論すると、人間の意思と経験で構築した実験装置の中で学者が操作する測定器という確固たる観測者が存在する場合にしか、量子テレポーテーションは成功していない。つまりQビズムの環境でしかその成功実績がないのだが、波動関数の収縮が人の意思が介在するQビズムと人が存在せず自然状態のデコヒーレンスの両方で発生する事実を考えると、量子もつれや量子テレポーテーションもデコヒーレンスの状況でも発生して当然だろうと私は考える。さらに事象の地平面を挟んだ状況でも量子テレポーテーションが発生するかどうかを問題にするのだが、ER=EPR仮説が正しいと想定すると、その可能性は十分あるはずだ。

アリスやボブやヴィクターが存在しない自然状態を考えると、事象の地平面の内側では高密度の光子や素粒子が渦を巻いて回転している状況が予想され、そこに事象の地平面の外側から量子もつれの光子が降りかかる。その結果、ベル測定と同等の波動関数の収縮が発生して、事象の地平面の外側から加えられた量子もつれエントロピーはゼロに戻り、ファイアウォールやアイランドは必要なくなる。さらに量子テレポーテーションによって、内側の光子が持つ情報が事象の地平面の外側の光子にコピーされる可能性が出てくる。つまりホーキング放射には事象の地平面の内側のブラックホールの情報が含まれることになる。

ER=EPR仮説と量子テレポーテーションを組み合わせることにより、ブラックホールの情報消失問題が解決される状況が予想されるのだ。

ER=EPR仮説について、もう少し考えてみよう。

物性物理の世界では、多数の電子が量子もつれ状態になり、一つにまとまって動作する場合があるらしいが、ワームホールは一対一の状況でしか生じない。この問題を解決する必要がある。

例として、4個の電子がまとまって量子もつれ状態にあると想定しよう。それぞれの電子に番号を付けて電子1、電子2、電子3、電子4と区別する

4個の電子から2個を選んで、その2個の間でミクロなワームホールが発生していると仮定しよう。

4個から2個を選ぶ場合の数は以下の通り。<-->はミクロワームホールを示す。

電子1 <--> 電子2
電子1 <--> 電子3
電子1 <--> 電子4
電子2 <--> 電子3
電子2 <--> 電子4
電子3 <--> 電子4

4個から2個を選ぶ組み合わせの数は、4C2=(4x3)/(2x1)=6 で、上記の6個とあう、これは中学の数学の問題。

ワームホールはミクロな対象物だから量子力学が適用できるはずだ。そこで4個の電子の2個ずつの間にかかった6種類のワームホールに重ね合わせの原理を適用して、それぞれのワームホールがほぼ同じ確率で存在し、各確率値を合計すれば1になると考えよう。これにより4個全ての電子がまとまって一つの量子もつれ状態にあると判断できるはずだ。

つまりER=EPR仮説は多数の素粒子が量子もつれ状態にある場合にも応用できる。

このように時空やブラックホールやワームホール等の古典力学の対象物に量子力学や場の量子論の手法や概念を適用することによって、新たな仮説や理論を生み出すという状況が最近の理論物理学の潮流となっているようだ。