日銀の金融緩和策が根源となっている不動産投資の無数の業者からの営業の電話やダイレクトメールや自宅への押しかけに、本当に長い間、日々迷惑している質素でシンプルで堅実な賃料&年金生活の私から一言。
超円安万歳、破綻しろ金融緩和策、破れろ官製バブル、破産しろ金満家、失業して首をつれ不動産営業ども、本当に本当に本当にザマアミロ!!!
ロシアのウクライナ侵攻により世界的に様々な物価上昇が続き各国がインフレ抑制の為に金利を上げているのに、日本だけが金融緩和という企業家が喜ぶ一方で庶民が物価上昇に苦しむ政策を続けている。おそらく日銀幹部が金満家で、官製バブルの株や不動産への投資から生じる自分達の利益を放棄したくないからだろう。
日本の政治は金持ち優先、まあ自民党政権なら当然か。
さて、気分を変えて、冷静に。
ロシアのウクライナ侵攻に関する話題は、前回でまとめて終える予定だったのだが、補足する内容が出てきたので、今回も取り上げることにした。
ウクライナ侵攻さえ続ければ、自身の支持率が高く保たれて政権が安定し、ロシア国内の民主主義勢力の台頭も抑えられることが明らかになったので、当初の計画の電光石火の侵攻から、まずウクライナ東部で確実に占領地の地盤を固めて、出来るだけ長期間に渡ってじっくり侵攻を実行する方向へ、プーチン大統領は方針を転換したに違いない。なおソ連成立前にはクリミアとウクライナ東部はロシア領だったらしく、その時代の国境に戻すべき、という身勝手な見解も持っているようだ。
そしてウクライナの中立と非軍事化の次はウクライナの浄化が、プーチン大統領の新たな要求になったらしい。
ウクライナがNATO加盟を諦めて譲歩し停戦を求めたが、停戦したくないプーチンは別の建前を持ち出して停戦を拒否したのが実情だろう。浄化とはウクライナの民主主義に染まった指導層のインテリを排除して、ウクライナを解放する事を意味するようだ。ただインテリの排除の前にウクライナの一般市民が多数虐殺された事実が公表されており、浄化の論理自体が自己矛盾している。
勿論、侵攻を続ける為の新たなこじつけだが、この浄化とはスターリン時代の粛清とまったく同じ発想で、まさにプーチンはヒトラー+スターリンだな。
ただ粛清または大粛清と呼ばれた思想弾圧は旧ソ連領内つまり自国内にとどまったはずだが、それを自国から他国にまで押し広げるのは傲慢極まりない、スターリンよりタチが悪い。
プーチンやロシア国民にとってスターリンは共産主義を世界に広げ鉄のカーテンと呼ばれる堅固な守りを築いた祖国の英雄であって、粛清と同義語の浄化に関して、浄化のイデア=善のイデアだと解釈しているかもしれない。このようにプラトンのイデア論は屁理屈で勝手に変更可能という脆弱な部分があり私は嫌悪している。
前回の私の記事で書いたように、善のイデア、悪のイデア、浄化のイデア等が意味する真の善、真の悪、真の浄化等は存在しない。実在するのは数学的概念と物理的実体だけで、その他はすべて人間が勝手に創り出した概念に過ぎない。例えば一般に浄化とは系の局所的なエントロピーが減少することを意味し、数式で表現可能だが、どのような系を考えるかでその結果が大きく異なる。つまり浄化は系の取り方に依存する曖昧な概念といえる。同様に善と悪とは状況依存の概念であって、法的解釈とほぼ一致する。ただ個人的な罪悪感の方が法的解釈より厳しくあるべきで、個人の罪悪感でも法的解釈でもこのスターリンの粛清とプーチンの浄化は、明らかに悪行(guilty)だ。
この調子だとそのうち、武力を用いて誤った民主主義から全世界を解放してロシアが世界を導くと共に、ロシアに従わない民主主義国をすべて浄化する為に核兵器の炎で民主主義世界を焼き尽くす、とか言い出すかもしれない。
プーチン爺さん、頭に腫瘍でも出来てるんじゃないのか。とても正気とは思えない。
さて視点を、プーチン大統領からロシア本国に変えよう。
前回の記事では、ロシアの威信と誇りについて取り上げたが、もう少し広い範囲を考察の対象にしてみよう。
日本は島国で、国内での戦乱は多かったが、戦国時代を含めこれらの戦闘は内戦の部類にはいる。海外から侵攻された例と言えば、まず鎌倉時代の元寇が思い浮かぶ。その後は太平洋戦争の沖縄戦だけだろう。元寇は運よく元の水軍を撃退できたが、沖縄戦では民間人が多数犠牲になり、沖縄以外の都市への絨毯爆撃や原爆投下でも多数の市民が殺害された。ただその後、日本が無条件降伏したので、本州での戦争は回避された。
米国も似たような状況で、独立戦争や南北戦争は内戦の部類にはいるだろう。唯一他国からの侵攻と言えるのは、太平洋戦争での宣戦布告前の真珠湾奇襲だろうが、私の知る限り真珠湾奇襲では軍用船舶は被害を受けたものの市民や市街地の被害はなかったはず。ピンポイント爆撃の技術などなかった時代、軍事目標だけを正確に攻撃できた日本軍のパイロットは優秀だったに違いない。ただ軍用船舶といっても破壊されたのは戦艦や駆逐艦だけで外洋に出ていた空母は無事だった。だから作戦の成功とは裏腹に効果はあまりなかった。
ところがユーラシア大陸の国々は状況が異なる。国土が地続きだから他国や異民族の侵入侵略を度々受けることになった。その為、旧来からの都市は城壁に囲まれていた。日本では合戦の勝敗で大名が代わっても民族は同じなので農民や商人が迫害を受けたり殺されたりすることがなく以前と同様に暮らせた。ところがユーラシア大陸の国々は侵入侵略を受けると、民族が異なる場合が大半なので、支配階級ではない農民や商人も迫害を受け殺される場合が多い。だから農民や商人が住む市街地も城壁で囲んで保護する必要があった。日本や米国の都市には市街地を囲む城壁がないのとは対照的である。
つまりユーラシア大陸にある欧州や中国は昔から他国や異民族の侵入侵略に長い間苦しめられてきた。万里の長城はその象徴。
勿論、ロシアも例外ではなく、元寇の時代にロシアの地はキプチャクハン国の侵入を受け長年にわたって搾取された。その後はナポレオンやヒトラーの侵略もあった。中国も鮮卑族の北魏、モンゴル族の元、満州族の清に中原を占領されて、漢民族が被支配民に甘んじた期間も長かった。
だからロシアを含む欧州の国々や中国が、他国や異民族に対する敵対心や猜疑心をいだくのは当然といえるだろう。
ただロシアの場合は、他の欧州諸国や中国に比べて、他国や異民族に対する敵対心や猜疑心が一段と強いように感じる。特にロシア軍兵士のウクライナの一般市民に対する大量虐殺を考えると、他国に対して異様な敵対心や猜疑心を持っている。
ロシア国民の大半は、他国の人間は我々とは違う生き方や考え方の持ち主で信用できない、かつては同胞だったウクライナ国民もNATOと同じ民主主義に方向転換して裏切られた、と感じているのだろう。そして軍事力を行使してでも領土を広げておかないと安心できない。だからウクライナへの侵攻も仕方ない。特にソ連時代を生きた年配者はそう考えているに違いない。
このロシア国民の他国に対する異様な敵対心や猜疑心の原因は何なのか?
前回の記事で書いたように、大国の自負、つまり威信や誇りや愛国心は重要な要素だが、それはロシアだけではないはずで、異様な敵対心や猜疑心の根本的な原因とはなり得ない気がする。
戦前の日本も現人神が統べる神国という自負があった。ただ日本人の大半は思想も信仰も何も持ってなくて、お上の言うことを鵜呑みにする傾向が強い。日本の知識人やインテリのなかには自由主義や民主主義を理解して共感した人もいるだろうが、多くの人々は終戦日の天皇のお言葉を聞いて、太平洋戦争の敗戦を知り、今までの生き方が間違っていたことを悟って、今後は敵対国であった欧米の人々と同じ道を歩もうと、鬼畜米英を唱えていた状況から一瞬で180度方向転換したのだろう。
その点で日本人はコロッと変わり得る特異な国民かもしれない。まあ節操がないという言い方もあるが。
日本が島国で鎖国が長かったせいか、他国や異民族に対する敵対心や猜疑心は元々ないし肌の色や人種に対する偏見もない。ただ江戸幕府により社会不満の受け皿として創り出された部落差別や、戦前の日本政府により海外侵略を容易にする目的で設定された朝鮮や中国に対する蔑視は、今でも存在するかもしれない。
ただ遣隋使と遣唐使の派遣や、朝鮮や中国からの帰化人の受け入れ等を考えると、遥か昔には朝鮮や中国とは友好的な関係にあったのだ。
近代以降の政治や政府が、自分達の都合にあわせて、世論を操り人々の反感や憎悪を煽ってきたのは明白で、まさに政治は信用できない。また漫画しか読まないどこぞの大臣に関して、私も漫画好きなので非難する気はないが、これも有権者に親しみを持たせようという世論操作なのだろう。
主義主張に関しては、人間嫌いで変人で偏屈ジジイの私は別の考え方をしている。
そもそも自由主義も民主主義も専制主義も権威主義も原理主義も含めて、あらゆる主義主張は根本的にその集団の存続と繁栄を最終的な目的とする点では大差がなく、単にその方法論やプロセスや細部が異なるだけだ。だから主義主張にこだわる必要はない。どうせ人間の考えることなんて高が知れている。
主義主張といっても、実際には生まれ育った地域の習慣や信仰に過ぎなくて、自然に身についただけという場合が殆どだろう。ところが生きていく為に就職し郷里を離れたり他国に移住したりすると、新たな習慣や信仰や主義主張に接するケースも多く、生来のそれに固執せず臨機応変に対処することが求められる。
つまり主義主張を曲げない頑固さよりも柔軟性の方が重要なのだ。
ただ問題は、特定の主義主張を唱える集団の排他性の度合だ。排他性の度合が強いと、主義主張が異なる他の集団を排除しようして他の集団に害を及ぼしたり、この記事の前半で取り上げた粛清や浄化のように内部のメンバーに対する締めつけや弾圧が生じる。その場合が困りもので、法律や経済制裁等の方法でそれらの排斥行動を制限するしかない。
スターリン時代の粛清に関してはソルジェニーツィンの小説が有名、監視社会や内部の異分子に対する監禁と洗脳を描いたオーウェルの"1984年"もある。残念ながらソルジェニーツィンはまだ読んでないが、"1984年"は凄みのある小説だ。
その排斥行動さえ制限すれば、あとは各々の主義主張が併存して信念に従い自由に行動すればいい。勿論、どの主義主張が成功して最後まで生き残るかは不明だが、それは生物の自然淘汰と同じで何も問題はない。
勿論、主義主張は生物ではないが、各々の主義主張を厳密に分類し批判しても意味があるとは思えない。量子力学の非決定論的世界と同じで、以前に取り上げた意識流体力学のように、人類全体の意識の流れを確率的に予想する方法を研究する方がいい。これはアシモフのファウンデーションシリーズに登場する心理歴史学という架空の学問から借用したものだが、もし人類全体の未来の意識の流れや変化が数学的に予測可能になれば、政治や経済や社会にとって有効な道具になるはずだ。
このように私は数学や物理学に代表される自然科学をベースにして物事を考えるので、一般的な思想や哲学や宗教や世間の主義主張とはソリが合わないのです。
さて、ロシアの異様な敵対心や猜疑心の原因は何か、という問題に戻ろう。
その答えは、ナポレオンやヒトラーの侵略の際に既に表に現れている、と私は思う。ロシアはナポレオンやヒトラーの侵略を結果的に撃退できたのだが、その主な要因として自然環境が挙げられる。それは厳しい冬、冬将軍ともいう。
ロシアの厳しい冬は、ロシア国民にも、冬季、自宅や国内から出ない生活を強いる。つまり冬は自分の殻の中に閉じこもる訳で、その間に自分達には馴染みのない他国や異民族に対する敵対心や猜疑心を芽生えさせ育てる結果になるのだろう。そして最近の新型コロナウイルスのパンデミックは、冬以外でも閉じこもる生活を強いて、敵対心や猜疑心をさらに高める効果があったのではないか。
なお厳しい冬以外に、もう一つ原因が思い浮かぶ。それは遺伝子レベルから敵対心や猜疑心が生まれている場合だ。
この場合ロシア国民の遺伝子に、敵対心や猜疑心を生じやすい傾向があるのだろう。
なお人類の個体数が増えすぎたことの反動として、個体数調節の為、遺伝子レベルの嫌悪プログラムが働き始めたケースも考えられる。その嫌悪プログラムの効果がロシア国民の異様な敵対心や猜疑心として現れたのだろう。勿論、嫌悪プログラムは人間の心理にだけ影響を及ぼし、短気やイライラ等を含め敵対心や猜疑心を生みやすくなる。特殊なケースだが完全には否定できないのではないか。
ロシアに限らず、迷惑や被害を受けたことがなく自分とは全然関係がない特定の第三者に対して、一般的なメディアを介して接しただけでネットやSNS上で誹謗中傷する行為も、遺伝子レベルの嫌悪プログラムが働いている結果なのかもしれない。私も迷惑電話や不動産営業の自宅への押しかけには激怒することが多いが、遺伝子レベルからの心理作用があるとしても、感情を制御せず暴走するのは個人の責任だ。
私の場合は意図的に激怒して、不動産営業を撃退する場合も多い。
昔の私の記事で臨死体験は安楽死プログラムだと書いたこともあった。その要旨は、太古の昔、人類がネズミのような矮小な哺乳類だった頃、集団で暮らしていて天敵である小型恐竜に襲われ一匹が重傷を負った時、安楽死プログラムが働いて、もがくことなく容易に小型恐竜の餌食になり敵を落ち着いた食餌状態に移行させ、集団の他の個体が逃げるのを助ける。重傷を負い安楽死プログラムが働いている個体は、痛みを感じずに安らかに死んでいける。人間にもその安楽死プログラムが受け継がれて、重傷を負った際に光や幸福感や亡くなった親族等に囲まれて安らかに死ねるようになっている。そして生還した人々が安楽死プログラムが実現した状況つまり臨死体験を語れる。つまり臨死体験は死後の世界が存在する証明とはならない。
嫌悪プログラムも安楽死プログラムも遺伝子レベルのプログラムだが、この他にも同性愛や性同一性障害等の出生率を減少させて増えすぎた個体数を減らす遺伝子レベルのプログラムも存在すると私は思う。日本の人口減少が問題になるが人類全体で考えれば人口は多すぎるのだ。
ただ同性愛等に関しては、個体数が増えると多様な遺伝的性質を持った個体が生まれやすくなるという単純な確率論だけで十分で、遺伝子レベルのプログラムは不要、との見方も出来る。
いずれにせよ、欧米を主とする民主主義諸国はウクライナやその他の反ロシア諸国に対して武器の援助は出来ても、厳しい冬にもロシア国民の遺伝子にも何の対策も打てない。ロシアは核兵器大国だから、その異様な敵対心や猜疑心が戦略核兵器の先行使用を実行させ、全面核戦争に発展して、人類滅亡に至る可能性はある。
勿論、核戦争に限らず人はいつかは死ぬ。人間は死ねば終わりで死後の世界や輪廻転生はないと私は思う。つまり生きているこの瞬間を自分らしく楽しく過ごす以外に出来ることはない。
悲観的な考えや負の感情をすて、楽観的に生きればいいだけのこと。
ただ迷惑電話等の自分に直接ふりかかる迷惑行為は、出来るだけ防ぐ必要がある。
私は高校三年の頃、受験勉強もせずに、深夜までドストエフスキーやトルストイの小説を読みふけったものだ。"罪と罰"、"白痴"、"悪霊"、"カラマーゾフの兄弟"、"戦争と平和"、"アンナ・カレーニナ"、"復活"。トルストイの"戦争と平和"はナポレオンのロシア遠征を描いた歴史小説で、ナポレオンにとって最大の脅威となったのがロシアの厳しい冬であったことが詳しく書かれている。
物理学専攻の学生だった頃は、ランダウ=リフシッツの理論物理学教程をテキストとして使っていた。"力学"、"場の古典論"、"量子力学"。これらの本はすべて翻訳本だが、遥か昔のことなので当時読んだ本は古く汚くなっていた。そこで社会人になった後で、これらの翻訳本を買い直したこともある。つまりそれほど私にとっては大事な本なのだ。
なおチャイコフスキーやムソルグスキーやリムスキー=コルサコフのレコードを買ったことがあるし、今でもそれらのCDを持っている。またシャガールの"私と村"の縮小印刷の絵の額縁(MoMA Web shopで購入)が自宅の電話機の横に置いてある。
何が言いたいかというと、これらの著者や画家や作曲家はすべてロシア人もしくはその近隣諸国のスラブ民族(シャガールはベラルーシ出身)だ。
ロシアは強大な軍事力や広大な領土に頼らなくても、数学や物理学を含む科学技術、文学、音楽や芸術、スポーツ等の分野で素晴らしい実績があり、それだけでも世界中から尊敬され尊重されるべき国であり国民なのです。
長期間に渡ったアフガニスタン侵攻後に崩壊への道をたどった過去のソ連と同じで、他国への侵攻は評判を落とし自ら墓穴を掘る結果にしかならない。ロシアはソ連の失敗を再び繰り返さず、その失敗から学ぶべきだ。
ロシアにはロシア正教がある。ロシア正教はカトリックやプロテスタントと比べても遜色がないキリスト教の宗派だと私は思う。残念ながらロシア正教はロシアとその周辺国に限られているが、布教の場を世界に広げるべきなのではないか。そしてその過程でロシアの心と精神と文化を世界に知ってもらうことが出来るだろう。
ロシアは自分の殻の中に閉じこもってないで、世界中で自国を知ってもらう努力を始めるべきだ。
さて、異民族支配は必ずしも被支配民に苦境をもたらすとは限らない、例外もあり得る。
鮮卑族の国である北魏の孝文帝は、皇帝は仏教の最高位である如来ではなく一人の仏教徒にすぎないと判断し行動するとともに、民族融合策を打ち出した。そして北魏の滅亡後に、孝文帝に仕えた漢民族の官僚たちが隋や唐の建国に加わり、孝文帝の民族融合策の本質を継承した。
その結果、隋や唐は平和共存を望む異民族を漢民族と同等に扱い、科挙という試験制度を実施して、優秀な人材を民族や出身を問わず官吏に採用した。首都の長安の上流階級では異民族の飲み物や食べ物に限らず、音楽や乗馬といった異民族の風俗風習まで流行したという。これを長安の春と呼ぶらしい。
盛唐の詩人、王翰の"涼州詞"には、…岩波文庫 中国名詩選 (中) 252ページより…
葡萄美酒夜光杯 葡萄の美酒 夜光の杯、
欲飮琵琶馬上催 飲まんと欲すれば 琵琶 馬上に催す。
醉臥沙場君莫笑 酔うて沙場に臥すとも君笑う莫かれ。
古來征戰幾人囘 古来 征戦 幾人か回る。
とある。西域の異民族の風情を豊富に盛り込み、聴衆のうけをねらったものだろう。
現代の中国は共産党の一党独裁だが、隋や唐の時代には今より平等で開かれた社会が実現していたのだ。そしてその土壌の上に、晋の時代の陶淵明を含め私が高校生の頃から愛してやまない詩人たちが登場した。李白、杜甫、白居易である。
ちなみに当時の宮廷詩人でもあった李白は、異民族の血をひく人だったという。
結局、漢詩や音楽やロシア文学や物理学のテキストを通じて、中国やロシアは私の好きな国となったのです。