『ふしぎな島のフローネ』 | 翻訳家の毎日

翻訳家の毎日

翻訳の仕事や勉強の話、読んだ本について


フローネ


小さいころ、大好きだった世界名作劇場アニメ「ふしぎな島のフローネ」。


いま、5歳緒長女が、DVDで夢中になって観ています。


私は家事をしながらなので、集中しては観られませんが、それでも時代の変化に伴ういろいろなことを感じます。


調べてみると放映されたのは1981年ですから、もう30年以上経ってるんですね。


以下、気づいたことを箇条書きで……。


★展開がスロー。無人島に漂着する物語なのに、船が難破して島に着くまでに8話かかります。これは、今のアニメではありえません。長女は1話のスローなペースに乗れず、結局船が嵐に見舞われるエピソードまで飛ばしました。


★銃が生きていくうえで重要なアイテムとして描かれています。きっと原作もそうなんでしょうが、今アニメ化されるとしたら、もう少し銃の出番が減らされるのではないか、という気がしました。


★音声が消されている場面が何か所かありました。貝殻のネックレスを作ったジャック(弟)に対して、フローネが「そんな大きな貝殻じゃ、××みたいじゃない!」と言います。この消されている部分、何が入っていたのでしょうね。「土人」「黒人」「黒んぼ」「きちがい」あたり…・・・いまでは差別用語とされる言葉なのでしょう。当時はまだ、こういった用語に対して無頓着(よく言えばおおらか)だったのでしょうね。


★刺激が少ない。犬のジョンが海に流されてしまったメルクル(フローネ家族のペットとなった小動物)を助ける場面。陸の上で見守っているフローネは、「海にはサメがいる」と言っていたお父さんの言葉を思い出し、はらはらどきどき。今のアニメだったら、この伏線は拾うと思われます。つまり、ジョンたちはサメに襲われるはずです。そこを命からがら逃げる。でも、このアニメでは、ジョンがメルクルをくわえて、無事岸に帰りつきます。こういうところは、数々の刺激に慣れている現代の子には、物足りないかもしれませんが、大人の私は上品さを感じました。


★子どもに媚びていない。子ども向けのアニメですが、ときどきフローネのお父さんは、おどろくほど哲学的な発言をします。たとえば、「生きるというのは、ただ生命を維持していくだけじゃなく、文化を培い継承していくこと」というような。長女は、半分も分かっていないでしょうが、それでも、伝わる何かはあるんじゃないか、と感じています。


*****


「妖怪ウォッチ」や「プリキュア」を否定はしないけれど、こういう名作アニメ、ぜひ復活してほしい。