ハイマイト!

うちの娘達は毎週土曜日に日本語補習授業校に通っています。

ところが長女のクラスでちょっと悲しい出来事がありました。

最初はオーストラリアの現地校と両立できるかどうか心配でしたが、幸いとてもいい先生に担任していただき、毎週楽しみにして通っていました。

ところが、ある日突然その先生が来なくなり、かわりに校長先生が臨時担任として教えるようになりました。

長女曰く、自分のペースでばかり授業して全然つまらない。とこぼすようになりました。

そして、今回の経緯について校長先生から説明がありました。

校長先生は直接そのことに触れませんでしたが、どうやらこの担任の先生をよく思わない親からのクレームが原因で辞職されたとのことでした。

クレームの内容は、宿題をちゃんと出してくれない、授業が教科書に沿って進められていない、周りのクラスにどんどん置いて行かれる、だそうです。

教育に対する考え方は人それぞれ違うということを前提に話しますが、

ふざけんなと言いたいです。

ただでさえ現地校との両立で子供達にとっては相当なストレスなのに、せっかく楽しみにして学校に行く気になっている環境をなぜ親がぶち壊す?

教育って誰のためにあるの?子供達のためじゃないの?

教科書通りの授業なんて何の意味があるの?

だったら家で教科書読んでればいいのにと思う。

辞職届を出された担任の先生は、地元ゴールドコーストの新聞にも教育に対するコラムを出されていて、たまに自分も読ませてもらっては、子供たちのことをよくわかってるなぁ、今まさにこういう教育者が必要だなぁと感心させられ、時には記事に感動してグッと熱いものが込み上げてきたりと、僕自身も大好きな先生だっただけにとてもショックです。

また、休み時間に子供たちに何かないかとずっと見ていたり、『日本はどうだった?楽しかったか?』などと気さくに声をかけたり、そんな先生は他にはいません。

そして何よりも毎週学校を楽しみにしていた長女にとって、大好きな先生がいなくなってしまうことはとても残念で悲しいことだと思います。

教育とは何か?クラスの意義とは何か?

僕は、子供達が先生と一緒に、時には笑い、時には真剣に取り組み、時には涙を流しながら、それぞれの子供達がのびのびと学び、クラスの中の唯一の大人から何か人生の大切なメッセージを受け取ること、だと思います。

そしてもうひとつ大事なことは、子供たちが楽しく学ぶということ。

実際、長女はこの担任の先生のクラスでは漢字をどんどん覚えて、毎回ほぼ満点を取るようになりました。

一方、次女のクラスはそれこそ宿題も多いし、教科書通りの授業ですが、毎回嫌だと言ってなかなか学校に行きたがらず、漢字のテストも毎回芳しくありません。

結局は、いくら宿題を出しても、いくら教科書に沿ってやっても、やる気にさせなきゃダメだっていうことです。

子どもは大人の考えるような型にはまってくれるほどヤワじゃありません。

そして、カリキュラム通りの金太郎飴みたいな授業なんて人生にクソの役にも立たない。

極論、小学校3年生の漢字がちょっとくらい出来なくったって、人生なんの損があるんだ?

それより、あの先生の言ってくれた優しくて思いやりのある一言がどれだけ子供達の心に残ることか、その言葉が今後子供達が人生の岐路に立つ時どれだけ勇気づけてくれることか。

みなさんは記憶に残る先生っていますか?

僕は小学校二年生の時の担任の先生だけはいまだにフルネームで覚えていますし、顔も声もハッキリと覚えています。

とても優しくて、自分のことを理解してくれていた先生。


どうか先生に戻ってきてほしいな。


---以下、先生のコラムより一部抜粋---
我々の子供の頃とは違って現代の評価法はペーパーテストの点数のみに編ってはおりません。宿題や課題の提出は言うに及ばず、どのようにまじめに取り組んでいるか、どのように自分の考えをまとめているかに重きを置いて評価され、それぞれの個性を伸ばしてゆくことが重要だと位置づけられております。そのような観点から補習授業校はご家庭での学習指導に協力することを教育の基本としており、補習授業校と言う名からしてお分かりのように、ご家庭での学習を補う(補習)のがその趣旨であり目的でもあるのです。ご家庭との相互協力が絶対に不可欠なのです。宿題をたくさん出すから良い指導ではありません。また頭ごなしに叱りつけて暗記させるスパルタ的な指導は教育とはいえません。その生徒ひとりひとりの個性や興味を存分に活かし、自ら考え自ら学ぶことの大事さに気付かせていくことが本当の教育なのです。



念ずれば花開く。

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