クリニックに来られる方の多くが、腰が痛い、首が痛い、など「痛み」を訴えるケースが多いです。

そして、ほとんどの方がその痛みを取り除いて欲しいと言って来院されます。

しかし、率直に言って「痛み」は取り除くことができません。

なぜなら、その「痛み」は、あなたの体の一部だからです。

薬は痛みを取り除くわけではなく、応急処置に過ぎません。

我々が行っている施術ですら、対処療法に過ぎないことの方が圧倒的に多いです。

無論、漢方やサプリメントなども、根本療法ではなく対処療法の域を越えることはありません。


では、何が原因なのか?

もちろん打撲や捻挫など明らかに原因がフィジカルにある場合は、損傷した箇所が癒えるのを待つしかありません。

その場合、我々はその治癒のプロセスを遅らせる要因を取り除くのが仕事になります。

すなわち、血流、リンパの流れ、神経、呼吸、脳脊髄液の流れなどを妨げるものがないかを探り、それを取り除きます。


しかし大半の場合は、そういった物理的な原因が見当たらないことが圧倒的に多いのが現状です。

実際に、整形外科に言ってレントゲンやMRIなどでもまったく異常が見つからず、医者からも原因はわからないと言われるケースがとても多いです。


そこで疑うのが、「マインド」です。

このマインドはいわゆる「心」の部分ですが、簡単に言うと「思考」です。

マインドは生まれた時は空っぽの箱だと考えてください。

時間の流れとともに「知識」や「経験」によって「情報」がどんどん蓄積されていき、これら「過去の情報」が「価値観」を形成していきます。そしてその価値観をもとにある特定方向に向かうプロセスを「エゴ」と呼びます。

「好きや嫌い」、「正義と悪」、「右と左」、「上と下」など、これら全て単なる個人の価値観に過ぎません。

そして、常識とはこの「価値観」の集合体でしかありません。

この「価値観」は当然、人によって全く違う人もいれば、似ている場合もあります。

この世では、この価値観の違いによって、ストレスや争い事、しいては戦争に発展する場合もあります。


ここでは「マインド」の仕組みについては置いといて、体とマインドの関係を少しお話しします。

人の体において、自分の意思でコントロールできる範囲はほんの一部分に過ぎません。

その大半が不随意、すなわち自律神経系によって支配されています。

ただし、この自律神経系もこれ自体が全てを決定するわけではなく、「マインド」の影響を大きく受けています。

例えば、過去の嫌な経験を思い出すだけで、心臓の鼓動が早くなったり、未来に起こるであろうストレスを想像しただけで呼吸が荒くなったりします。

そして、長年培ってきた思考の癖や思い込み、強迫観念などが年齢とともに積み重なり、さらに精神的もしくは物理的ストレスが加わることで、自律神経系に大きな負担をかけてしまいます。

この自律神経のアンバランスは倦怠感や疲労感、痺れや痛み、動悸やめまい、不眠や食欲不振などさまざまな身体的影響を及ぼします。

最初は疲労感や倦怠感などに現れ、我慢強い人ははギックリ腰などの症状で現れたり、放っておくと鬱やパニックなどを引き起こす場合もあります。

この場合、いくらマッサージや物理療法など体に対するアプローチを行なっても、一時的に楽にはなるにせよ、問題の解決にはなりません。


ではどうしたらいいか?

ヒントはやはり「マインド」にあります。

マインドは先ほどお話しした通り、その人の思考です。

先述の通り、マインドは「知識」や「経験」すなわち「過去の情報」をもとに作られ、そこから価値観やエゴを生み出します。

すなわち、さらなる「情報」は価値観を増強し、エゴの餌となります。

しかし、このスマホでいつでもどこでも情報が仕入れられる時代、多くの人が自身の価値観とエゴを日々増強し続けいています。

そして、この「情報」が増えすぎると、どうなるか?

マインドがその人を支配するようになります。

本来、マインドはその人によって「支配される」ものです。

人生を豊かにする「道具」として、しっかりとコントロール下に置き、うまく使うことが重要です。

それが、「支配する」側になってしまい、その人はもはやマインドに乗っ取られた状態になります。

考えたくないのに考えてしまったり、寝たくても、頭が冴えてしまったり、欲望や感情を抑えられなくなってしまったり、、、思い当たることありませんか?

この状態が続くと、体の自然治癒力や免疫力はどんどんと低下していき、最終的に病気になります。


もちろん「情報」をシャットアウトすることは、アレルギーのアレルゲンをシャットアウトするのと同様「対処」にはなります。

しかし、今の世の中それは現実的ではありません。

ではどうするか?


それは、まず「情報」によって感情が掻き乱される仕組みを知ることです。

感情は、マインドに蓄積された不都合な「情報」を思い出したり、その「情報」をもとに将来を予測したり、その「情報」をベースとした自分の「価値観」と違う他人の価値観とが相容れない場合に「怒り」や「不安」などを生み出し、それがストレスとなっていきます。

また、それが仮にポジティブな感情、例えば「満足感」や「幸福感」であっても、結果的には「エゴ」を助長していき、結局はエゴはストレスを生み出します。

すなわち、感情の種類が自分にとって心地の良いものであっても、度が過ぎると最終的にはストレスを生み出します。


ここで大切なポイントは、度が過ぎても欲しがる自分、様々な情報に不安を感じてしまう自分、他人の価値観を受け入れられない自分、自分の価値観を他人に強要する自分など、自分の心の挙動や癖を客観的に観照するということです。

それは、自分が「マインド」の中にいて、感情を生み出す中心にいるうちは見つけることができません。

別の言い方をすると、「マインド」の外に出ることによって冷静に観察することができます。

「マインド」の外側から自分のマインドの挙動や癖を客観視することを、瞑想=メディテーションと言います。

メディテーションを行っている間、その人は自分のマインドの外側にいます。

それは、マインドに蓄積された過去の情報にアクセスしていない状況を作り出し、過去の情報にアクセスしないということは未来への予測もできない状況、すなわち時間軸が「今=現在」のみに止まっている状態を意味します。

仮にマインドが自ら思考を作り出したとしても、自分は思考の外にいるわけですから、自分からは「ただマインドが思考をしている」と認識するだけにとどまります。

主人のいないマインドは、いくら情報の蓄積があっても、そこから感情を作り出すことができません。

この状況をもって、体はマインドの影響を受けずに、自律神経系は本来の仕事をすることができ、また体自身が持つ強力な自然治癒力は目を覚まします。

 

さらには、マインドが静かになることで「スピリット」が姿を現します。

 

というよりも、スピリットが「常にそこに在った」ことに気づくのです。

 

スピリットはいちいちマインドのように喜んだり落ち込んだりしません。

 

ただただその叡智とともに、静かに、圧倒的に存在します。



話が長くなりましたが、私が今行っているオステオパシーのテクニックのうち、唯一「バイオダイナミックな頭蓋仙骨療法」が、この「マインド」にアプローチしてニュートラルな状況を作り出し、スピリットの存在とともに、体自身がもつ真の治癒力にアクセスすることができる手技になります。

このバイオダイナミックなアプローチは別名「non-doing=非介入」のアプローチと言われています。

すなわち、施術者側に一切の意図があってはなりません。

意図がないということはエゴがないという意味です。

このブログを介して、世のみなさまにこういった手技が存在するということを主張することすらもエゴの一つです。

実は、今回こうしてブログに残すということに関してとても悩みました。

今となっては、なぜ頭蓋仙骨療法の発案者であるDr.サザーランドが亡くなる7年前に、当初のコンセプトであった「人間の意図を用いる物理的なアプローチ」ではなく、この非介入のバイオダイナミックなアプローチに目覚めたのか

そして、何故その詳細に関して語らずにこの世を後にしたのかを、今理解することができます。

2009年から続けてきたこのブログですが、私自身が自然療法やオステオパシーを通して追い求めてきたことに一区切りがついたことと、エゴのない非介入のアプローチを続けていくにあたり、Dr.サザーランド同様、自身のエゴを助長してしまう発信という行為そのものをやめることにやっと整理がつきました。

最後に、オステオパシーが求める、真の自然治癒力とBody/Mind/Spiritのホリスティックなコンセプトが、この物理的、合理的な世の中においてもなお、その中心にあることをお伝えしてこのブログを終えたいと思います。

今まで読んでいただき、本当にありがとうございました。

 

Dr. サザーランドが唯一墓跡に残した言葉とともに。

Be still and know. / 静まりて知る。