ハイサイ!

 

沖縄に来て思うことがある。

 

この土地には人のために本物の仕事を追求している人たちがたくさんいる。

 

そして人をそういう想いに駆り立てる何かがある。

 

近くでそういう人たちの仕事に触れるうちに「人生一回、自分は自分の人生の主役である」という考え方は本当に正しいのだろうかと考えることが多くなり、この考え方が自分勝手な人間を作り出し、無関心を生み、自然を破壊し、生態系を狂わせ、最終的にこの地球を蝕んでいるのではないかと強く感じるようになった。

 

そして、自分はあくまで地球や宇宙というものに仕える一つの魂としての存在だということにふと気付いた。

 

宇宙や地球という存在を人間の体というものに置き換えるとわかりやすかもしれない。仮に人間の体が地球だと考えると、人間は1つ1つの細胞に置き換えられる。人間の体の中ではその何十兆個の細胞がそれぞれの仕事をして、助け合い、調和しあって初めて一人の人間の命を維持している。

 

この1つ1つの細胞は「一人は全員のために、全員は一人のために」という哲学において、役割という個性を持って振る舞い、そして死んでいく。

 

個々の細胞にそれぞれの役割がありながらも、決して細胞1つ1つが独立しているわけではなく、完璧な調和をもって存在している。そして人間の体の自律性、恒常性といったホメオスタシスは物質という科学だけではなく、量子力学を使わないと説明できないような不思議なメカニズムで保たれている。

 

これを地球という現実の世界に戻すと、人間というのは地球または宇宙を形成する細胞のような役割を果たしてるのではないだろうか。

 

細胞にもそれぞれの役割があるように、おそらく一人一人の人間には特性があり、生まれながらに定められた役割があるのではないだろうかと思うのである。

 

その人の性格や生まれ持った資質にあった職業というものは存在する。そして何故かそういった職業や役割に就いたり与えられた時に、自分の好き嫌いとは関係なしに、ピースにハマった感覚になる。

 

そこにエゴや優越感が入る余地はない。まさにそれを天職というのだと思う。

 

職業というものがエゴや優越感の対象になった時点で、その仕事は本来の目的とは全く違ったものになってしまう。

 

エゴや優越感というのは比べる誰かという対象があって初めてその効力を発する。言い換えれば、比べるものや人がなければエゴや優越感というものは存在意義を失うのである。

 

オステオパシーは私にとっての天職である。と覚悟をもって言いたい。

 

この仕事をもって人と地球に人生をささげたいと思う。

 

P.S. 量子力学という世界において、ロバート・フルフォード博士が言った「想念は物質である」という言葉は真実である。また、「覚悟」というものがこの世界を動かす1つのキーワードである。今、私たちの大切な友人が逆境に立たされている。どうか私たちの想いが物質となって彼女に届くことを心から願っています。

 

 

 

念ずれば花開く。

 

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