オステオパシーの主な歴史
1874年 アメリカ人医師アンドリュー・テイラー・スティルによりオステオパシー創設
1892年 ミズーリ州、カークスビルにアメリカン・スクール・オブ・オステオパシーを創立
1896年 バーモント州が初めて正式にオステオパシーを職業として認可
1897年 ミズーリ州がオステオパシーに対し州認定ライセンスを施行
1897年 アメリカンオステオパシー発展協会設立(現アメリカンオステオパシック協会)
1897年 ジョン・マーティン・リトルジョンがスティルに師事
1900年 リトルジョンがシカゴにアメリカン・カレッジ・オブ・オステオパシックメディスン開校
1909年 オーストラリアにオステオパシーが伝わる
1917年 スティル他界
1917年 リトルジョンがロンドンにブリティッシュ・スクール・オブ・オステオパシー開校
1933年 オーストラリア、ビクトリア州にパックス・カレッジ・オブ・オステオパシー開校
1939年 ウィリアム・ガーナー・サザーランドが頭蓋オステオパシーの教科書を出版
1951年 フランスオステオパシー学校開校(現ヨーロピアン・スクール・オブ・オステオパシー)
1955年 オーストラリアンオステオパシー協会設立(現オステオパシーオーストラリア)
1963年 アメリカ政府はオステオパシー医と医師は同等であると正式発表
1974年 アメリカ50州で完全な医師資格として認可
1978年 オーストラリアで法令規制
1984年 南アフリカで法令規制
1993年 イギリスで法令規制
1994年 フィンランドで法令規制
1999年 ベルギーで法令規制
2002年 フランスで法令規制
2007年 スイスで法令規制
2004年 ニュージランドで法令規制
2012年 アイスランドで法令規制
 



上:オステオパシーの創設者アンドリュー・テイラー・スティル(1828 – 1917)
左:ヨーロッパでの発展に貢献したジョン・マーティン・リトルジョン(1865 - 1947)
右:頭蓋オステオパシーを開発したウィリアム・ガーナー・サザーランド(1873 – 1954)
 

オステオパシーは、1874年にアメリカのアンドリュー・テイラー・スティル医師によって「人間の身体を一つのユニット(単位)として捉え、局所ではなく体全体を見てバランスを整えることにより自己治癒能力を引き出す」という医療哲学をもとに創設されました。
 
20世紀前半に急速に世界中に広まり、2013年の時点でアメリカ、フランス、スイス、イタリア、イギリス、オーストラリア、ニュージーランドなどの先進国を中心とした世界50カ国以上に約43,000人のオステオパスが存在します。メディカルドクター(MD)いわゆる一般医と同様に医師として認められているオステオパシー医(DO)は少なくとも87,850人存在し、うち82,500人はアメリカ在住のオステオパシー医と言われています。
 
現時点で職業として認可され、かつ法令施行されている国はアメリカ、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、フィンランド、マルタ、スイス、アイスランド、南アフリカで、ベルギー、イタリア、ポルトガル、ブラジル、ロシアなどでは職業として認められているにもかかわらず法的規制がありません。また、デンマーク、オランダ、スウェーデン、アイルランド、オーストリア、キプロス、スぺイン、ギリシャ、クロアチア、イスラエル、日本では正式な職業として認可されていませんが、診療が許可されています。さらに、ノルウェー、アイルランド、カナダ、ドイツでは法的認可はないものの、今後の法規制に向けて動いているところです。
 
残念ながら日本ではオステオパシーは医療資格として認められていないため、各国にあるオステオパシー大学などのように国から正式な認可を受けた教育機関は存在しません。一方で数多くの民間団体が存在し、それらが主催するオステオパシー学校で提供されるカリキュラムは統一されておらず世界基準のオステオパシー教育から遅れをとっている状況です。そのため日本のオステオパスの技量にはバラつきがあるのが現状です。
 
しかしながら、オステオパシー医学の世界的な動向についてより広い理解が必要であることから、2010年、WHO世界保健機関によって「オステオパシーにおける教育の基準」(Benchmarks for Training in Osteopathy)が作成されました。このガイドラインによりどの国でも世界基準のオステオパシーが受けられる教育水準の導入気運が高まっており、世界規模での認可、またオステオパシーが専門職として国民医療制度内へ統合される動きが今後加速して行くことが予測されます。