何かを習得しようと
練習している時。
 
それはマグカップに
水を注いでいるのと似てる。
 
 
 
 
コップに注いでるうちは
中身が見えないから
いついっぱいになるのか分からない。
 
今どのくらい入っているのかも
分からないし
 
そもそも本当に入ってるの?
底に穴でもあいてるんじゃない?と
疑ってしまう時もある。
 
 
 
 
分からないからヤキモキするし
いつまでこの状態が続くのか
不安にもなる。
 
 
 
 
でも、ある日突然溢れる日がくるんだ。
 
こんなにもいっぱい入っていたんだと
目に見えて分かる日が。
 
 
 
 
それがきのうだった。
 
 
 
 


この前夫が撮ってくれた写真。

もう5年にもなる結婚生活は

この学びと共にあったと言っても過言ではない…





このブログのタイトルにもしている
「ほんとうのしあわせ」
 
それって「とある感じ」なんだけど
 
その感じになりたくて
その感じに戻りたくて
 
ここ数年
「すべてはそのために」という
感じだった。
 
 
 
 
これを学んだら
また「あの感じ」に戻れるかな
 
きっとこの人の言ってる感じは
「あの感じ」のことだろうな
 
今思えば必死だったと思う。
 
 
 
 
それが、急にやってきた。
「あの感じ」が。
 
 
 
 
頭ではどうすればそうなるか
分かっていて
 
「知っているのにできない」
「分かっているのにそうなれない」
 
というもどかしい状態だった。
 
 
 
 
「知っている」というのが
どれだけ無意味なことなのか
痛感する日々だった。
 
 
 
 
正直
そうなれるのなら
「あの感じ」に戻れるのなら
 
それがどういう仕組みで
そうなっているのかなんて
どうでもいいのだ。
 
でも、戻るための手がかりがほしくて
それがどういう仕組みになっているのか
学び続けていただけで。
 
 
 
 
それは魔法のようだった
 
一瞬にして
見えているものの見え方が変わる
身体の感じ方が変わる
 
いろんな理由を集めなくても
「大丈夫」だと
身体でわかる
 
 
 
 
それは魔法のようだけど
 
コップから突然溢れ出た水は
魔法で急に現れたわけではないのだ
 
今まで目に見えなかっただけで
こつこつこつこつと
積み重ねてきた道のりがある
 
「本当に入っているのかな」と
心のどこかで疑いながら
注ぎ続けてきた日々がある
 
 
 
 
続けてきて、よかったな。