死について考える場合には、「一般に曖昧に『死』『死ぬこと』と呼ばれているものを、まず<死自体>と<死の意識>とに区別しようと思う」と加藤茂はいう。(加藤茂『生と死』高文堂出版昭和57年2月25日p37)私たちは<死自体>、死そのものについて多くのことを考えることはできない。エピクロスが言ったように、死は生きている人間にとって縁のないものだ。人間は死を経験できないし、他人の死すら外形的に推測するしかない。そして、「死とは<現世>から<来世>への『霊魂の移住』か、さもなければ『永遠の眠り』かのいずれかだ、とソクラテスは語った。」(加藤『生と死』p32)けれども、「要するに、死は人類永遠の謎なのだ。」(加藤『生と死』p33)
加藤は、かくして現象学者として「死ぬことの本質の現象学的記述」を始める。(加藤『生と死』p12)
現象学者加藤は、フッサールの「意識はなにものかについての意識である」について書いている。
「意識は、それ自身を超越する『なにものか』を意識すること、そのことによってのみ、それを通してのみ、(意識は)存在するといえるのであって、自体的なもの、実体ではありえない。意識は、実体ではなく、一つの構造であり、体制化である。この一つの統一的全体が、知覚、想像、概念、等々のような機能ないし属性をもつのである。」(加藤茂『意識の現象学』世界書院1986年7月15日P267)
「意識の働きは意識されるものがあっての働きなのだから、結局、最広義に解される意識は、感覚、知覚、想像、記憶、予期、概念、知性、感情、意志、その他のわれわれが心で直接に体験しているあらゆる意識作用と、その所産、つまり意識対象と、意識主体との三者を漠然と含意する総体である」(加藤前掲書p5-p6)
「私が存在するとは意識対象野内に意識するものとして誕生したことにほかならず、私の非存在、死はあらゆる意識の喪失を意味する。不明瞭で周辺的な半意識やいわゆる無意識をさえ含むわれわれの最広義の意識、それは生命と広がりを同じくしていよう。意識(生命)は、前後に限りなくつづく二つの暗闇(文字通りの無・意識)にはさまれた束(つか)の間の光のごときものだろうか。なぜか、突然、意識を与えられたのである。伝記作家はひとの誕生を『この世の光を見る』と表現するが、われわれは最初、一種の純粋経験としてぼんやりと知覚した『この世の光』を、のちの経験や教育を通してさまざまに分節化し区別してきて、今日にいたっている。やがて遅かれ早かれ、その光は再び曙染め(上部を濃く、裾を淡くぼかす染め色のこと)のようにぼんやりとかすんできて、最後にはわれわれはもとの暗闇へ帰るだろう。」(加藤前掲書p142)意識は生命と同じなので、「時間的にも存在論的にも意識が身体や自我に優先する。」(同p205)
では、<死自体>と<死の意識>という概念を使うと死の問題はどう見えてくるのだろうか。
<死自体>は「決して私たちに姿をみせない」、「なにものでもない」(エピクロス)もの、「それ自身はつねに不在」である。(加藤茂『生と死』p12)そして、「いつもまだこないという潜在態の、それでいて必ず現実化する」<死自体>は、「<死の意識>という衣に身を隠して、人心の内奥へ深く侵入し、私たちの人生の諸投企を左右する」。(加藤同書p12)<死の意識>とは「死の先駆ないし自覚の現実態および可能態」(加藤同書p39)であり、「生のなかの死としての<死の意識>」(加藤同書p41)であり、「正体不明の<死自体>は、私たちの<死の意識>への反響として、現在の生に及ぶ<影の力>のようなもの」(加藤同書p42)である。「根源的な<死の意識>はロゴスというよりパトス、ひややかな知性というよりあたたかい感性からなる」。<死自体>は「三人称的、傍観者的な知性に対しては絶対的不可知者としておのれを固く閉ざしてよそよそしい」が、「ただの知識だけの空しさを悟った主体的なパトス、私やあなたの深い個人的な情念のまえには、(中略)その鮮明な<影>、明瞭な<ことば>のなかにおのれを暗示して、それだけ強力にその人生を揺さぶる」。「<死の意識>は、したがって、根源的な層としては、だれでもない『ひとの死』についてのただの知識、つまり<死自体>のほんの外観をなぞることしかしない死についてのロゴスではなく、根底から人間存在を震撼し、人生を改変しうる死のパトス、とりわけ死の不安を意味する。」(加藤茂同書P71)
現象学者の加藤は<死自体>について、現象学者らしい困惑を示す。
「現象学的認識論(ここではとくにフッサールのそれをさし、ごくおおざっぱな言い方しかできないが)は、事物と思想の不可分的同一性から出発し、意識の措定の及ばない超主観的に自存する『物自体』なるものの存在を認めない、というよりそうした『現象』と『物自体』という二元論的問題設定そのものを放棄する、その点では、最も広い意味での意識内在論の一種だといえよう。しかし、<死自体>問題に限って、この理論はカント的不可知論に一歩を譲ることになるのではあるまいか。<死自体>は、私たちの現実的経験のみならず可能的経験の地平内にも帰属しえない厳密な意味での『他者』、つまり<死の意識>(『現象』)の背後にあってそれを触発している不可知な『あるもの』として、考えうる唯一の『物自体』といえるかもしれないからである。<死自体>をつぶさに見る眼も、それのSosein(かくあるという存在)を厳密に規定する言葉も、人間はア・プリオリにもたない。にもかかわらず、それは紛れもなく実在する。カントなら、対応する<死自体>を考えにいれずに<死の意識>を云々するのは『辻褄があわない』ではないか、というかもしれない。<死自体>は思考されうるけれども認識されえない。私たちの主観の諸形式を超えているからである。だが、<死自体>は、単なる思考物では決してなく、さきにみた奇妙な不在的現存として<死の意識>の証言するとおりにたしかに実在するのである。」(加藤同書p47-p48)
死そのもの、つまり「<死自体>のこの厳存を証言するのは(生きている)人間の意識であり、<死自体>は<死の意識>によってしか、また<死の意識>としてしか知られない。<死の意識>とは、同一の<死自体>が私たちの生の内奥に投じるさまざまな<影>ともいえるし、私たちの生に根底から作用し影響するさまざまな<力>の顕現ともいえよう。」(加藤前掲書P54)
<死の意識>としての死の不安はどのように生起するのか。「不確実ななにものかに確実に、しかもその細かい日時は不明なままに、身をゆだねなければならないーーーここから私たちの最も耐え難い、いいようのない不安が立ちのぼってくる。(中略)私が生きている限り死は私に無縁であり、死んでからも、死が私の感覚の消失にほかならぬ以上、私にとって『死はなにものでもない』という例のエピクロス的論理の重大な過失は、いま現在の一瞬一瞬に私たちに働きかけてくる、たぶん意識のつづく限りやむことのない私自身の主体的死へのこの哲学的不安を無視したことにあった。」(加藤前掲書P62)
加藤は死についての議論に関しハイデガーとサルトルを取り上げている。
(注)ハイデガーの著書『存在と時間』において、 das Sein zum Tode (直訳は死への存在)というドイツ語の原佑、渡辺二郎訳は、「死へかかわる存在」になっている。
加藤は、「ハイデガーの、死を『可能性』(Möglichkeit)と規定する『死の実存論的分析』は、私の論点からすると、もっぱら<死の意識>の分析にほかならない」という。(加藤同書p82)「ハイデガーによれば、人間、すなわち『現存在』はまず第一に『死へ臨む存在』( das Sein zum Tode )であるが、ここで『へ臨む』(zum)の意味は、ただ漫然と<に対する>とか<に心の備えをする>とか<を期待する>とかいうことではなく、<をはっきり意識する>、<を自覚して生きてゆく>ということであって、彼にとってはそうした<意識>、<自覚>を離れて、それの外に死があるわけではなく、かりにあるとして問題にならない。まさに『現存在がおのれの終末へ臨んでいる存在において死が存在している』(「死は現存在の終りとしておのれの終りに臨んでいるこの存在の内で存在している」ハイデガー『存在と時間』中央公論社1998年3月25日11版原佑訳、p421、原書S259、訳は若干変えている)のである。」「こうして死は『生に内在する』ことになる。ただし、人間存在に毎瞬、生の決断と行動を迫る<死の意識>として。」(加藤同書p83)「ハイデガーにおいて死が『可能性』なのは、<死自体>が<死の意識>として『先取り』(先駆)のかたちでのみ存在するから」(加藤同書P85)なのだが、その可能性は常に未然・未了・未済のままだという。それは当然だ。人間が死ぬという死の可能性の実現は、意識の消失を意味するから、死なない限りいつもまだ来ないままだからだ。だから、ハイデガーは「終末に達している」のではなく、生きている限り、いつまでも「死に臨んでいる」のが人間だと言っている。「こうしてハイデガーは、リルケの後を受けて、生の終局とともに到来する、体験されない外なる出来事というより、この現存在の生を構成し造形する生の本質的要素としての死に、すなわちいつも<まだ>来ないが必ず来る<死自体>を現在いま先取りする<死の意識>に、はじめて照準を定めえたのである。」(加藤同書p84)
「サルトルでは、死はそのように生に内在する『可能性』ではないどころか、『可能性』の徹底した否定であり、したがって<死の意識>の生における積極的な意味は豪も認められない。死とは私からの『全面的な所有権剥奪』にほかならない。死とは『私の諸可能性のつねに可能な無化』、しかも、私との無縁性が強調されて、『私の諸可能性の外における無化』であるといわれている。」(加藤同書P85)
「ハイデガーの(使用する可能性という言葉の)重点は、現在と『可能性』(=死)との間、死に意味づけられ、すでに全体性を与えられているこの今の生の内実にあるのに対して、サルトルは、異邦人なる無意味な死によって剥奪されてしまう、未来の可能なはずだった『可能性』(=生)を(その剥奪の可能性をむしろ生の自己超越に逆用しようとは考えないで)ただ愛惜するというより、冷たく見放している」。ハイデガーは「死を生の重要契機として生の内部に引き入れ、それと居直った意識的対決によって、死の不安を克服しつつ実存の覚醒と飛躍を期す」。サルトルは「虚無的な冷ややかな姿勢で死の不条理性を説」(加藤同書p85-p86)き、「死の内在化、人間化、個別化に執拗に反対し、逆に死の外在性、非人間性、超個人性、すなわち『不条理性』を力説する。」サルトルにとって死は「外から私を襲い、外へ拉致する」もので、「私の敗北、私に対する『他者の観点の勝利』であり、私の『可能性』の『他有化』である。したがって、サルトルにとっては、私たちの誕生とまったく同類の、ただ起こるだけの、自由にならない『単なる偶然的な、無意味な事実』でしかない」。(加藤同書p87-p88)
結局、サルトルは「一方<死の意識>を捨てて、他方<死自体>を取る」(加藤同書p88)のに、ハイデガーは逆に<死の意識>のみを考えて、<死自体>の非人間的な裏面を不問にし、<死の意識>にしても、「私の主体的な死」のみを取り上げ、死の対他的観点、「私の死ないし私の死後を見る他者の意識についての私の意識には無関心だった」(加藤同書p88-p89)という。
加藤は書いている。サルトルの議論の「重大な誤りは、彼は死を生の時間の一定の経過の直後に到来するにすぎない一出来事とのみみているから、死が少なくともなんらかの<死の意識>として、いまこの現在の私たちの人生の一瞬一瞬をそれへの恐怖やら不安やら期待やら抑圧やらで事実として刺激し動かしている(のであるから)、(サルトルは)...明らかな人間的現実(中略)を看過ないし無視している点にある、と私は思う。」(加藤同書P89)「人間存在は<死自体>の意識的『先取り』のかたちで不断に『臨死』(死に臨む・向き合う)しながら、自己を投企し、自己の人生を意味づけ、全体化しうる存在なのである。」(加藤同書P89)
サルトルは死について書いている。
「死の存在そのものは、われわれ自身の人生において、他者の利益のために、われわれをそっくりそのまま他者のものたらしめる。死者であることは生者たちの餌食となることである。したがって、自己の未来的な死の意味をとらえようとこころみる者は、他者たちの未来的な餌食として自己を発見しなければならない、ということになる。」とまで言い切る。「餌食」になるのは事実ではある。相続はその法律的表現である。「死人に口なし」ということわざ(死者は証言も意思表示もできない)もサルトルが示す「他有化」の例だろう。サルトルにとっては、「死ぬとは、もはや他人によってしか存在しないように運命づけられることであり、自分の意味や、自分の勝利の意味そのものまでも、他人から頂戴することである。」(サルトル『存在と無』第三分冊人文書院昭和45年12月20日p252-p253)
「私は私の諸可能の一つに向かって私を投げかけるようなぐあいに、私の死へ向かって私自身を投げかけることはできないであろう。それゆえ、私の死は、対自の存在論的構造に属するものではありえないであろう。私の死が私に対する他人の凱歌であるかぎりにおいて、私の死は、たしかに根本的であるがさきにわれわれの見たようにまったく偶然的な一つの事実、すなわち、他人の存在という一つの事実を、指し示す。」(サルトル同書p255)「死から出発して私に人生を問題となし、私の人生を思索することは、私に主観性に関して他人の観点を採用することによって、私の主観性について思索することであろう。われわれがすでに見たように、それはありえないことである。」(サルトル同書p256)
加藤はこのサルトルの<死の意識>について書いている。
サルトルの<死の意識>は「他者の眼に映じた私の死についての私の死の意識(である)。これは、たとえば私が、私の死が惹起する遺族や知人の苦悩や悲哀をおもいやったり、私自身の葬式や埋葬の場面を想像したり、私の死後に展開される他者による『私』の『餌食』(サルトル)ぶりを連想したりするときの、私の対他的死の意識である。じじつこれは、多くは他者になにか(抗議、恨みなど)を訴えたがる自殺者の心理をよく説明する。が、自殺は別にしても、このシニカルな屈折した私の死の意識は、死の厳しい実存性を一種の嗜虐的な戯れをもってかわし、やわらげてしまう限り、それだけでは肝心の現在の生の創造の契機たりえない」。(加藤同書p73)
<死の意識>の現象学によれば、私たちはとてつもない不幸のどん底に落とされている。加藤は書いている。
「人間は理由も目的もよくわからないままに無の暗闇から突然目覚まされ、どういうところか少しも知らされずにこの世界へまぎれこんだのであり、そして早晩、いろんな仕事や期待を中途のままに残して、いやおうなくもと来た暗闇へ引き戻されてゆく、しかも、たぶん最大の不幸は、人間という<臨死存在>だけがこうした自己の根源的条件を自らに問わずにはいられない、という点にあろう。」(加藤同書P161)
この「問わずにはいられない」という切迫した思いこそ<死自体>が触発する<死の意識>なのだろう。この人間に与えられた生の残酷さは、死というものの先取りの中で、死の恐怖のかたちに結実する。当人が死んでしまったあとのことについては当人は決して意識・経験できないにもかかわらず、想像して、死の恐怖におびえるのだ。例えばこんなふうな想像をする。
すべての人間は、いつかある日、必ず死ぬのだ。私も、いつか、老いを経て、病を得て、生命の光が尽きたとき、あらゆる意識も感覚も失って、死ぬ。死は眠りに似ているので、「永遠の眠り」にたとえられる。眠りは一時的な意識の消失なのだが、死んでしまった者は翌朝目が覚めることがない。つまり、一時的な意識消失ならば、寝入ってから、翌朝目が覚めて、「よく寝た」と昨夜のことを振り返ることができるが、死んでしまった場合はその振り返りができないのだ。(だからハイデガーは死は「追い越しえない」と書いたのだ)。死んだ当人にとっては彼の生命が去る瞬間にどのようなことが起こっているのかは想像できないが、そばにいる他者からは「永遠の眠り」に見える。しかし、それは決して眠りではない。意識のなくなった死者を観察する他者は、死んだ当人の意識だけでなく、心臓、呼吸器、その他の多臓器が機能を停止しているのを推測(あるいは検査)し、脳などの生命維持機能が停止したことを発見する。生命の去った後に残るのは遺体だけである。
この想像は本当に怖い。
加藤はトルストイの『懺悔』という本を引用するのだが、トルストイの死ぬことの怖がり方も尋常ではない。「五十歳未満のトルストイは、世間的栄達と幸福(円満な家庭生活、莫大な財産、文学的名声、等々)にもかかわらず、人生は無意味で、生きることは空しく、死だけが真理である、という趣旨の深刻な悲観論に懊悩し、自殺の危機にさえしばしば直面した。その理由を彼(トルストイ)は『懺悔』のなかでこう吐露している。
「今日、でなければ明日、疾病が、死が、私の愛する人々の上へ、また私の上へ、襲いかかって来るであろう、(現にいくどか襲いかかってきたのである!)そして、腐敗の悪臭と蛆虫のほか、何物も残らなくなってしまうのだ。私の行為は、それがどのような行為であろうとも、早晩すべて忘れられてしまい、この私というものは、完全になくなってしまうのだ。それだのに、何であくせくするのだろう?どうして人はこの事実に目をつぶって生きて行くことができるのか?―――実に驚くべきことだ!そうだ、生に酔いしれている間だけ、われわれは生きることができるのだ。が、そうして陶酔から醒めると同時に、それがことごとく欺瞞であり、愚劣な迷いにすぎないことを認めないわけにはいかないのだ!つまり、人生には面白いことやおかしいことなど何もないのだ。―――ただもう残酷で愚劣なだけなのである。」(トルストイ『懺悔』加藤同書p165-p166)
「問わずにはいられない」という「最大の不幸」を背負ったのが人間であると書いた加藤自身も、生の残酷さに呻吟しながら究極の問いを発している。
「なぜ私は生まれて(生まれなかった確率のほうがはるかに大きいのに)どうして死んでゆくのか(私の死に確かな理由がないのか)、私はどこから来て、どこに去るのか、私の死は無への眠りなのか、それとも新しい世界への目覚めなのか、そもそもそうした私自身の生と死を私がいまここで考えうるのはなぜで、どういう意味をもつのか」と。(加藤同書p10)
加藤のこの問いに対して、サルトルは書いている。「死とは何であるか?それは事実性の或る面、対他存在の或る面より以外の何ものでもない。いいかえれば、所与より以外の何ものでもない。われわれが生まれたということは、不条理である。われわれが死ぬということも、不条理である。また、他方、この不条理は、もはや私の可能性ではなく他人の可能性であるような、私の『可能性-存在』の不断の他有化として、あらわれる。」(サルトル『存在と無』第三分冊p259)「人間は一つの無益な受難である。」(サルトル同書p406)サルトルは「ひややかな」そして酷薄な言い方で、加藤にとっての根源的な問いを一蹴している。サルトルは言う。生まれたことも死ぬことも、理由も目的もなにもない。それは単にそういうことが起きただけ(事実性)であって、理由も目的も問うだけ無駄だ。人が死ねば、他者がその死者のものを全部自分のものにしてしまうだけなのだ。人間は単に生まれてしまっただけで、苦難を受け取る存在でしかない、と。
そして、加藤は問う。「そもそも死の恐怖ないし不安とは厳密にはなにを意味するのであろうか。」(加藤同書p183)加藤はこう問題を提起して、「死の恐怖ないし不安というものの区別や位階づけ」をしてみようという。そして、三つの区別・位階づけを提示する。
①「飢え、渇きへの怖れ、性欲などと同種の人間的というより遍――生物的な、程度の差はあれ正常な機能を営む生体ならば一様不変にもつ、死(消滅)に対する本能的な恐怖。私たちはみな、健康である限り生命意欲と自己保存のための配慮と、それの裏面である自己(といっても『種』の中に漬かっている自己)の破滅に対する恐怖を、先天的に諸他の生物と共有している。この死の恐怖が生命本能の裏返しであることは、病気や事故のために生命が脅かされるとき、わらをもつかまんばかりに自己保存本能、生命飢餓として俄然頭をもたげてくる事実からもわかる。この種の死の恐怖は臨終の身体的苦痛に対する恐怖として端的に現れるし、一般に人々が死を醜悪なもの、気味悪いものとして毛嫌いし、抑圧するその心理は、この深層の恐怖に淵源すると思われる。ショーペンハウエル流にいえば、それは個人的意識や知性よりもはるかに根源的な『生きようとする(盲目的な)意志』の恐怖である。」(加藤同書p183-p184)
②「他でもないこの自分(その身体をも含んだ)が、ある日ある時、突然、愛する人びとや慣れ親しんだ諸事物から孤(ひと)り引き離されて、世界外へ投げ出され、それっきり永遠に無に帰してしまうという認識に由来する、一種めまいにも似た哲学的不安である。私は、気がついたらこの世界内へ投げ入れられていたが、しばらくするとまたいやおうなく、世界の外へ、たぶん虚無の底知れぬ深淵へつき落とされてしまう、いいかえれば、このかわいい自分が、他ならぬこの私が、やがてあの焼場の赤熱した釜のなかで焼却され、一握りの灰および白骨と化してしまう、しかもそれは幻想でも仮説でもなく確実に到来する現実だ。私はいまでもそこに私をじっと見据えていて、いつでもそうした現実へ私を引き込もうと身構えている、あの<死自体>の暗闇に光る逃れようもない<まなざし>を感じる。確実に到来するが、いつ到来するやらわからず、連れ出される行き先もわからない、あの『運命』を前にしての私の怖れと戦(おのの)きーーーこれに対しては、私は自分が親しんだ人びとの思い出や自分の仕事や持物のなかにしばらくの間は辛うじて存続しうるという最後の期待も、結局は太刀打ちできない。この死の不安は①のそれとちがって人間に固有の、人間的な不安であることは明白で、<個>を貫く<種>の保存という自然法則に本能的に埋没している諸他の動物たちにはあずかり知らぬものである。この不安から逃れ慰められようとして認識する個我の抱く、この自分だけでも『永生』にあずかりたいという利己主義的な願望や祈念の結晶化が、一部の宗教教義(『彼岸信仰』を説く宗教はこの種の個人的欲望を巧みに利用している)や形而上学体系にほかならない。そして、自己の死(=無化)についてのこの哲学的不安」に対しては、「医学・医療技術」「生命科学」は「本質的に無力」であり、「社会科学」も「この異質な不安」を看過してしまう。(加藤同書p184-p185)
③「価値志向的不安」「生体の破壊現象としての死に対する本能的恐怖とも、自己の絶対的無化としての死の不安ともなお区別されて、しかもそれらを発展的におのれに含み入れている第三の死の不安は、現在の私たちの生き方、生の倫理的価値と直接に深く結びついている。それは、今現在の私の一瞬一瞬の生き方が、やがて確実に到来する私の(生き続けることの)不可能性の絶対的可能性に対抗して、超時間的な確乎不動な価値をもちこたえうるかどうか、という本来的実存に固有な不安である。つまり、人生のつぎの一瞬が最後であるかのように、いつ死んでも悔いないかのように私が毎瞬を生きているかどうか、という真剣で厳粛なまさに<死の相のもとに生きる>不安である。この種の価値的な不安にはじめて着眼したのは実存哲学であり、それはヤスパースが『実存の不安』(Existenzangst)と呼んだものにほぼ相当するし、ハイデガーが『本来的実存』の呼び水と考えた『根本的心情』としての不安もこれと軌を一にしていよう。(中略)それ自身ではネガティーブな、ときには病的ですらある死の恐怖や不安、あらゆる不安は、この③の不安へ収斂し昇華してこそ人生に新しい意味や価値を創造しうるポジティーブへの契機たりうるであろう。」(加藤同書p185-p186)
加藤は「人生のつぎの一瞬が最後であるかのように、いつ死んでも悔いないかのように私が毎瞬を生きているかどうか」という不安(恐怖)は、生存本能からくる死の恐怖や主観的意識経験主体の消失の予期からくる死の恐怖とは異なる価値志向的な不安(恐怖)であるという。この価値志向の不安が「人生に新しい意味や価値を創造しうるポジティーブへの契機」となって理想的な人生を得るケースを試みに描写している。
「もし自己の有限性と自己の人生の一回性の自覚のもとに、適切に選択された本質的な投企を中核とした人生を、いつもこの現在の一瞬一瞬に生きている(それは現実には並々ならぬ自己統御と努力と修練を要する難事であろうが)人がいるとすれば、彼には、その投企が真に時間を超えた永遠的な価値をもつ(愛にせよ、社会事業にせよ、芸術・思想活動にせよ、その他の仕事にせよ)限りにおいて、もはや死の恐怖①や不安②は、著しく緩和され、超克さえされていることであろう。彼は、いつでも、いますぐにでも人生を去っていってもかまわない、充実した人生を生きているであろう。」(加藤同書p191-p192)
人は生を享け、「最初ただそこにあるだけの素朴な生のまどろみ」の中で生きていくが、成長するにしたがって、「冷厳な死の自覚」が生じる。その死の自覚(人は死すべきもの、私もいつか同じ道をたどる)が深刻な衝撃を人に与える。(加藤同書p193)死は人に「いつか必ず生は終わる」し、「人生は一度きり」という限定を自覚させる。この「どうせ死んでしまう」という事実を生の残酷さというペシミズムと絶望のままに人生を終わらせる人もいるだろう。ゴール(死)は遠くに見えているような気がするし、人生は一回しかないけれども、どうしても、ゴール(死)まで、「いつ死んでも悔いないかのように」「この現在の一瞬一瞬」を生きるという生を、私は送れそうもない。時に、一瞬を愉楽の一瞬として楽しむことはありだと思う。「自己統御と努力と修練」とは、本来の意味のAskese(精進、苦行、禁欲)のことをいい、ウェーバーは「生活の組織化」として紹介しているが、Askeseをやりぬける人は達人・歴史上の天才や偉人だけに限られるのではないか。
市井の凡庸な人間である私は、①と②を③に収斂も昇華もできないので、死ぬまでそれらの不安・恐怖とともに生きていくしかないと思う。
加藤の建前はともかく、彼の本音は、次の文章に現れているように思われる。
「毎年、春になると息を吹きかえしうごめいてくる草木や虫たち、ふと見上げた夕焼け空、すがすがしい朝風、窓をかすめて散る落ち葉のかすかな音、満員電車の窓に流れる雨のしずく、昔の友だちとの久しぶりの語らい、あどけない子供たちの寝顔、等々―――これら日常生活のありふれたなんでもない一駒一駒のまなざしのなかに、<死の意識>が浸透するばあいには、そうでないばあいには見過ごされてしまう、微妙な深い感慨や生きている喜び、生けるものすべてへの『愛ほしさ』や共感が、ただの感傷より以上のものとしてしみじみと実感されるものである。」(加藤同書p195-p196)
さわやかに晴れた日、日差しを浴びて外を歩き始めると、上記のような風景が有情の風景のように私の感覚を触発する。すると「ああ、生きていてよかったな」という「深い感慨」がにじむ。これが加藤の「なぜ生まれ、なぜ死ぬのか」の答えのひとつにはならないだろうか。