今日は、東日本大震災のお話をしてみようと思います。
直接的なことは話しませんが、
思い出すのがお辛い方は、ここから先は読むのはお控えくださいね。
東日本大震災。
コートからようやく春物のジャケットを着られる陽気になった仙台。
大学の卒業を間近に控え、
就職に向けた引っ越しの手続きのため、散歩がてら歩いて市役所へ。
その帰りに、友達と合流して、
ロフトの大戸屋で鶏と野菜の黒酢餡定食を食べ、
満腹の眠気とともに、バスで帰宅する途中でした。
その後仙台で2週間ほど避難生活をし、
やっとの想いで、
高速バスと電車を乗り継いで地元の秋田に帰ってきました。
無事だったことを親戚に報告するために会いに行った時。
避難中の生活について話す中で、
生鮮食品は全く手に入らず、
家にあったお米でなんとか食いつないでいたことを話したところ、
かえってきたのは、
「食べられてただけいいじゃない」
「食べたくても食べられなかった人もいるんだから」
という言葉でした。
必死に愛想笑いを作ってその場はごまかしながらも、
「私は悲しんではいけないんだ」
「もっと悲しい想いをしている人がたくさんいるから」
帰りの車の中ではそんなことが頭を駆け巡り、
その後自分から震災の話をすることはできなくなりました。
でも今、改めてあの時を思い返すと…
家具が散乱してめちゃくちゃになった部屋。
見えない情報、家族や友達の安否。
避難所の冷たい床。
停電した寒くて暗い部屋。
サイレンが鳴り響く夜で
ラジオから聞こえてくる「上を向いて歩こう」
友達が次々と地元に帰っていった中、
それでも地元に帰る術がなくここにいるしかなかった2週間。
公衆電話に並んでやっとの想いではじめてお母さんの声を聞いた瞬間。
中止になった卒業式。
合格したのに素直に喜べなかった資格試験の結果発表。
被害の状況も、入職が本当にできるのかも全く分からなかった就職先。
もっと悲しい想いをした方がいるのは紛れもない事実。
その悲しみに比べたら小さなものなのかもしれないけど…
でも、私も、悲しくて、辛くて、痛かった。
時間が経つにつれて、やっとそう思うことができるようになってきました。
悲しみや痛み。
大きい小さいでもなくて、
人と比べて測るものでもないと、
身をもって感じた出来事。
だからこそ私は、
その人の悲しみも痛みも全て理解することはできずとも、
悲しい時は悲しんでいいんだよと、
痛い時は痛いでいいんだよと、
伝えられる人でありたいし、
伝えられるヨガインストラクターでありたいと、
この日が来るたびに思い返します。
今日という日。
きっとそれぞれに痛みや悲しみを抱えた一日ではないかと思います。
悲しい、痛い、辛い。
そう、素直に想える一日でありますように。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。