「苦海浄土」には、チッソ水俣の元社長江頭氏も出ています。
皇后陛下のお祖父さま、敬宮さまの曾祖父さまです。

あのときの社長の孫娘さんが、よもや皇太子さまに嫁がれようとは、誰ひとり思うものはいなかったでしょう。

「苦海浄土」から引用します。

胎児性水俣病患児森本久枝の家の縁先。
いかにも幹部ふうにすっきりと黒い背広を着た男たち。そしてわたくしの手元には、会社側が「健康体」などと、患者を査定した医学的な根拠もない「水俣病患者一覧表」があるのだった。
茫然たるむなしさにわたくしはとらわれる。アスワンハイダムに沈んでいる古代中近東の神殿をそのとき、わたくしは想っていたのだ。
ぼとぼととのぼる気泡のような声をわたくしは聞いた。社長のお詫びの言葉を。
「・・・まことにながい間、申しわけありません。・・・この上は誠意をもって、必ず、お子さまの一生につきましては、面倒をみさせていただきたいとおもいます」
森本久枝ちゃんの母親はもじもじと首うなだれてその挨拶をうけ、深いおじぎを返して一行を送り出すや、縁先のわたくしのほうにいざり寄り、はじめて無言のままはらはらと落涙した。



一軒一軒、患者宅を回ってご仏壇に手を合わせていかれたチッソ水俣の幹部。
ご仏壇にお供えしてあったのは、羊羹だったそうです。



私の見た短編映画、

患者さんの毛髪からあるはずのない、決してあってはならない有機水銀が見つかった。
この場面を私は、覚えています。
熊本大学、国の最高学府としてその責務を全うします。
会社側が健康体とする人たちに熊本大、東京大、順天堂大の医師たちは、サポートに駆けつけます。
医師として患者さんのサポートをするためです。
 

その後の裁判を患者側は、勝訴します。
有名な写真家ユージン・スミス氏の撮った写真も展示会が行われ世界に発信されます。


皇太子さまの結婚には、反対がありました。
しかし、皇太子さまのご意向は変わりませんでした。

多くの国民の歓迎を受けてご成婚は、整いました。

このとき、私は、お妃さまが、江頭元社長のお孫さんだとは、知りませんでした。

縁者だとは、聞いたことがありますが、苗字も違いますし、あんまり気にもしていませんでした。

映画「MINAMATA」があってからですからつい最近、ネットで知り

ネットにいろいろ情報が上がっていたので驚いています。

,そして、合点の行くことが幾つか、ありました。

状況が、がらりと変わっています。

 

江頭元社長が、森本久枝ちゃんのお母さんに詫びた言葉に決して嘘、偽りがあってはなりません。

ブレも許されません。

皇后陛下の御祖父ですから水俣病で苦しんだ人たちに慈愛のお心を賜らなければいけません。

日本の海は、水は、澄んで美しくなければいけません。

昭和天皇の孫である天皇陛下とチッソの元社長の孫娘である皇后陛下。
昭和平成と続いて来た慰霊と平和への想い、願い、国民を想う心。
天皇皇后両陛下が、引き継がれる皇室の伝統、在り様、祈り・・・。

おふたりのご成婚が、ともに歩まれる御公務が、

どんなに重いご覚悟とご決断を伴ったものなのか、計り知れるものではございません。

 

それは、今日も続く、戦火や公害、自然破壊への戒めとなり

多くの尊い命おひとりおひとりが、大切にされ救われますようにと願うばかりです。

特にこのコロナ禍で。

苦海(苦界)に浄土を見出すように・・・。