勝手な思い込みを交えながら書いてしまいますが、
どうか、ご容赦下さい。
邪馬台国(邪馬壹国)の研究、話題で注目される皇帝から卑弥呼へと賜った銅鏡百枚です。
威信材として賜ったと思います。
しかし、魏誌の記述では、邪馬台国(邪馬壹国)に卑弥呼と元から仲が悪かった狗奴国王が攻めてきています。
卑弥呼は、亡くなってしまいますが、その後、男の王が即位して多くの人々の不服従が起るというような波乱が起っています。
皇帝からの賜り物の銅鏡をいただいて皆、卑弥呼に従ったとは、残念ながらなってはいないのです。
その後、使者の報告を受けて魏から黄幡と檄文が送られます。
百枚の銅鏡は、威信材として人々全てには、受け入れられている様には見えないのです。
と言うことは。
そこで神道の鏡の祭祀です。
天照大御神から天孫に賜った鏡。
この鏡は、多くの人々に礼拝され敬われています。
ヤマト王権の全国統一で信仰は、全国に広がっていきます。
そうです。
皇帝と卑弥呼の銅鏡百枚が、目指しながらも為し得なかったことを
天孫の鏡は、やり遂げたのです。
と言うことではないかと思ったりしました。
皇帝を中心にその恩恵は、四方に流れる。
確かに隋や唐の技術や文化は、周辺の皇帝に従う国や人々に恩恵を与えたことでしょう。
朝鮮にも日本にも影響がありました。
それは、大いに認めるところです。
しかし、卑弥呼は皇帝から賜った銅鏡を使って人々を従わせることは出来なかったのです。
狗奴国王という宿敵がいました。
虎視眈々と王位を狙う男王もおりました。
鏡の威力には、限りがあったのです。
しかし、天孫の鏡は違いました。
天皇の優れたお力を示す鏡です。
神々をお祭りする聖なる鏡。
その鏡を祭祀なさり大君は、日本にいらっしゃるのでした。
筑紫は、倭王が目指した高句麗討伐を成し、今まで行ってきた貢献、忠誠があります。
その筑紫国を属国としたヤマト王権は、卑弥呼や倭王が、出来なかった大事業をやり遂げ、仏教を取り入れて律令国家を成立させたのでした。