二日市保養所 | 言葉は天から降りてくる

言葉は天から降りてくる

日々舞い降りてくる言葉をひろってみました

もうずいぶん昔のこと


私の経験した事を

言えばウソだと言われる事も

作り話だと言われる事もあった


子供の頃から

周りの人の見えないものが見えたり

聞こえないことが聞こえたり

何とはない気配を感じたり

まあ、そんな類のいろんな事があって

そして、それを話せば

気のせいだとか作り話だとか…

だから言わずにきた事がいっぱいある


そんな話の一つ


まだ若かった頃

二日市というところに

住んでいた時期がある


夏は暮れるのが遅くて

それなりの時間だけど、まだ明るかった


駅から家の途中には

古い和菓子屋さんがあって

たまに、そこで

水羊羹を買って帰るのが

当時の夏のルーティンやったんやけど

ずっと気になっていたっていうか

なんか語りかけられてるみたいで

どうしても

目線が向いてしまうものがあった


それは


それなりの年月を経たていの

お地蔵さん


その通りは細い道で

車もあまり通ってないし

第一、そのお地蔵さんの建てられた頃

車なんて

増して通りもせんかったろうし

だから、交通事故があって、って

事ではないと思った


ある日とうとう

赤ちゃんの弱弱しい泣き声がして

でも、そばにそれらしき人影はない

どこか、その辺の家からかもしれないと

そうは思いもしたけど

ずっと気になっていたから

水羊羹を買ったついでに

お店のおばちゃんに聞いてみた


そしたら


「あなた、あそこに縁のある方ですか❓

あー、そんな年やないよね

お嬢さんは知らんほうがいいし

私も話したくないとです」って

教えてもらえなかった


更に、それから10年はどして

子供を持った後で

TVか何かで知ったのが

二日市保養所の事だった



なんだかね、知った時に

あ、そうやったんやねって

瞬間にあの日のおばちゃんとの会話が

蘇った


戦争は何も戦地で戦うだけではなく

銃後の戦いも苦しみも悲しみもある

住む場所が戦火に焼かれる事もある

いまも取沙汰される捕虜、慰安婦、徴用工

戦後の諸々…


どこの国も

同じような目にあったのは否めない

善し悪しや正誤を言いたいのでもない


戦争で撓められた

たくさんの生命や人生があったというのは

紛れない事実であって

なのに

そうではない未来が

今、見えてこないし

どうすればいいのか判然としない非力


それが

今の日本を見ていて憂うこと

1人の大人として

自身を

情けなく思うこと






 

 

 

 

 

 

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