すごい本を読んでしまいました・・・。

読み終わった後、しばらく呆然としました・・・。感情を処理しきれないというか。

阿川弘之さんの『暗い波濤』。

上下2冊の大作なのですが。

一挙読みです。

 

なぜ、急にこの本を読み始めたかというと。

以前ブログでも書きましたが『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら』にいたく感動して号泣した私。

確か、学生の頃、特攻隊の小説読んで衝撃を受けたなあと思い出したのです。

それが、阿川弘之さんの『雲の墓標』。

 

『雲の墓標』は特攻隊になった大学生達の葛藤と死に様、生き様を描いたかなりリアルな小説で、あの時代を経験した人でないと書けない作品だと思います。

読み返して、やっぱり衝撃を受けた私は、阿川弘之さんの代表作と言われる『暗い波濤』も読んでみようと思い、電子書籍として復刻したこともあり、読んでみたのです。(『暗い波濤』は『阿川弘之全集』に収録されていますが、単独の本としては絶版になっていたらしい)

 

そうしたら・・・。

ものすごい衝撃でした。『雲の墓標』よりも更にリアルで、生々しい。

昭和18年、山本五十六元帥が亡くなった後のお話で、東大や慶応大や大学生達が半年くらいの教練を経て海軍士官として、いろいろな場所に赴任していき、それぞれがどう戦ったか、生きたか、そして死んだかが描かれているのです。

この人が主人公かな?(栗原達也という人)と思ったのに、その人も死んでしまう。じゃあ、この人が主人公?と思った人も死んでしまう。

飛行機で墜落死する人もいれば、病死する人も。乗っていた戦艦が撃沈されて海に沈む人もいれば、砲撃隊長になってアメリカの爆弾の直撃弾を受けて死んだ人もいれば、回天に乗って特攻して死んだ人もいれば、侵攻してきたソ連軍の戦艦に8月15日過ぎてから体当たり攻撃した戦闘機乗りもいれば、戦犯になってしまった人もいる。

少し前まで大学生だった彼らが、世界のいろいろな地に赴任させられ、リアルな戦闘に巻き込まれていく・・・。

中には、東京で暗号解読に従事して、終戦まで生き残った人もいるけれど。

クラスメートのうち、2割ほどが死んでしまったと。

 

阿川さんの徹底的な取材で、一人一人の戦いぶりが、ものすごくリアリティを持って描かれています。これは、実際に経験した人ではないとわからない情景ですね。もう、現代の我々には想像を絶します。

 

でも、阿川さんは、悲劇を声高にわめくのではなく、淡々とした言葉で、でも、厳しく現実を描き出していきます。

 

阿川さんの作品を全部読んだわけではないけれど、この『暗い波濤』が最高傑作ではないだろうか。

読むのが恐ろしい内容なのですが、元大学生達の、各地各所での奮闘ぶりが気になり、生き抜けたかどうかが気になり、大ボリュームの作品でありながら、ページをめくる手を止めることができず、最後まで一気読みしてしまいます。しかも、もう一回、印象に残った箇所を読み返してしまう。

戦記というよりも、純文学として素晴らしい。戦争の愚かさ、日本の軍隊の愚かさ、そんな愚かさの中でも必死に戦うことを追求していった20代の大学生達の命の記録です。

 

小説の最後の方で回天に乗って特攻して死んでしまった園江くんという元大学生の若い海軍士官が、海軍兵学校で教育を受けている時に、東大数学科の学生で教官になっていた田崎さんに尋ねます。自分は死が怖く、死生一如の心境に到達していない、どうしたらよいだろうか?と。
田崎さんはとまどいながらも、園江くんの必死な問いに、懸命に答えようとして言います。その答えがとても印象に残りました。
 

「死を避けたい、自分の生命を守りたいというのは、昆虫でも鳥でもみな持っている生き物の本能だよ。無理にそれを無視したような顔をするのは、神というものがあるとすれば、神の意志に反することだと教官は思う」
「西郷隆盛は最後にそういう心境に達したかかも知れないが、誰もがそう簡単に死を達観出来るものではないし、西郷だって死が恐ろしくない者はと言ってはいないだろう。私もむろん同じだ。」
「死は生き物に必ず一度訪れて来る。いづれ一度は死ぬのだとすれば、充実した生を送った方が内容空疎な長命を保つよりいいはずだから、一所懸命つとめを果たして其の結果が突然の早い死であったとしてもそれはそれで満足しようと、そういう風にちょっと考え方を変えてみてはどうか」
 

死を恐れるのは生き物として当然であって。それを七生報国とか靖国神社で再会できるとか観念論で恐怖を押し殺して、やたら死に向かって突っ込んでいくことを否定しながらも。あの時代、あの立場では、生きている間を懸命に生きて、自分の務めを果たすしかないじゃないかと語っているのですが。結局、園江くんは、回天で敵艦を倒すために、自分の命を投げ出して、特攻して死んでしまうのです。まだ、二十歳そこそこの若さで。

 

この作品が描いた世界が、二度と現実にならないよう、願うばかりです。

そして、戦争をするということは、こういうことになるという認識を改めさせられる作品です。

日本の政治家たちは、全員この本を読んだ方がいいと思う。

中国やロシアや北朝鮮に対して、抑止力という名の軍事力は必要だと私も思いますけれども。

抑止力だというなら、絶対に抑止してほしい。戦争を起こさせないようにするのが、抑止力だと思うから。