失恋したときに聴きたい曲は? ブログネタ:失恋したときに聴きたい曲は? 参加中
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All About「恋愛」大人の失恋荒療治~痛いほど“糧”になる~
All About「恋愛」失恋からあなたを幸せに導くイメージング法


失恋ソングと言えば、案外懐メロが歌詞がストレートでガツンと泣けちゃったりする。

歌聴いて泣きたくなってるときって、案外その「泣いてる」行動に酔いしれちゃったりして。


どちらにしてもオトコとオンナの涙のメカニズムって違うらしくて、
オンナはストレス発散のために泣くことができるのだとか。。。

失恋したら悲しい曲聴いて、その失った恋で得たストレスを発散するために泣くんだろうな。



失恋ソングと言っても「失恋」にも段階があって、

その度に聞く曲が変わる。


①落ち込む段階→小田和正「サヨナラ」
夜遅くまで飲んで、帰宅途中にタクシーの中から川面に映るネオンにこの曲がくると、
期待以上に泣ける。

②考える段階→チャゲ&飛鳥「男と女」
何が理由で駄目になったのかを考えたときに、そもそもじゃあオトコとオンナってどうなの?
っていう「そもそも論」にとてもぴったりの1曲。

③イライラ段階→Alanis Morrisette「You Oughtta Know」
ってか好きって言ってたよね?愛してるって言ったよね?何それ?
って考えてだんだんイライラした時の心の内を完全に歌ってくれる。

④オトコなんて要らない段階→P!NK「So What」
結構です!要らないです、オトコなんて!独りで楽しいです!
最後にした大きな失恋の時、一時期私のテーマソングでした。

⑤でも、ありがとう段階→Globe「Precious Memories」
一通り相手を憎んだ後に感謝ができるようになって、
自分の人生とか歩んできたこととか、冷静にいろいろ考えられるようになった時に
この曲が本当に沁みる。


音楽が大きな出来事や、関わった人の事を彩って、
その曲を聴くと思い出す人がいたりする。

いろんな人が傷ついて、傷つけて、街を造っていって、
それで自分のページが増える。

どんなきっかけで好きになるかわからない、人も、音楽も。
 どの国にも「名言」「格言」というものがある。

 
 「結婚は判断力の欠如、結婚は忍耐力の欠如、再婚は記憶力の欠如」

 これはフランスの劇作家であるアルマン サラクルーのあまりにも有名な言の葉だ。

 私はこの名言で記されている行為の一つも未だ体験していないので、
客観的に納得はできても主観的に意見をすることができない。

「なるほどねー」
といった感じだ。


 実は先日、暇の相手をテレビにお願いしていたとき、
カチャカチャとザッピングしていると、このような名言集を放送していた。
座布団を半分に折り、寝そべってテレビを見ていたが、この時ばかりは飛び起きて食い入った。

 残念ながら結婚に関してのみの名言であったが、
何百年も前から著名な人々の発言に、私たちは、共感、驚嘆、そして納得しているのだ。


 これらはそれぞれ、名言・格言といわれる。

 名言とは事物の本質をとらえた言葉を指し、
格言とは人の生き方、戒め、心理を簡潔に表した言葉をそれぞれ指す。
どちらもイヤミでブラックで、しかし確信をついているため失言とはならない。

 何百年も前から人は、その男女の間の言葉で苦しみ、悩み、喜び、
そしてその度にまた言葉によって解決し、笑い、また思いでに残すのだ。


 私たちの現代社会には「メール」という気楽に言葉を伝えるツールがある。

 先日、夜遅くに友人のチエミはある「サヨナラ・メール」をオトコに送っていた。
女同士は元々電話ででもそれぞれの恋愛事情を話し合うのに、
最近はメールのやり取りまでも報告をする。
さながら、戦場だ。


 チエミがそのオトコを彼女の視野に入れなくなってから随分と経ってはいたが、
それでも食い下がるそのオトコは彼女に「飲み会」をお願いしてきたのだ。
それに対して彼女は丁寧に断りを入れた。

電話のメールで、丁寧に改行をして、丁寧にキツイ言葉で、


そして確実に相手にダメージを与える書き方で。



 彼女は私に転送したそのメールの最後に「オトコをデトックス」と書いていた。
男性とっては「失言」であろうが、私たちには「名言」として十分だ。


 現代のメール文化に於いて、3種類の文字がある。
一つはテキストメッセージとしての「普通の文字」。
それに付随する「絵文字」。
そしてより感情表現を豊かにする「デコメ」。


 言葉には元々感情がありきなのだが、現代ではその言葉に感情を反映しなければならないほど、

私たちは「表現」を素直に受け入れられないのだろうか?

 例えば、「楽しい」を絵文字もなしに送ったら本当は楽しくなさそう?
「緊急!」をデコメで送ったら緊急性はあまりない?


 言葉での表現で確信を突く事が苦手だとすれば、
どうすれば私たちは感情を相手に理解してもらえるのだろう?


 

 一昨日、少し前日のお酒もたたり発熱してしまい、何もせずFMを聞きながら横になっていた。
携帯電話がメール着信音を発したため確認をすると、

以前シュラスコを食べにデートをしたヒデだった。

「昨日電話したのは、飲んでたから、一緒に飲めたらと思って。」

シンプルに、絵文字もなく、句読点のみの白文。

 昨日の電話?と思い返し着信を確認すると確かにあった。夜中2時。
全く気付くこともなく酔っぱらって就寝していたことだろう。

 「ごめん、気付かなかった。今日は風邪で死んでる。」

 「大丈夫?」

 他愛のないメールに少しイラっとしていた。

 「大丈夫?」と言われても、大丈夫な状況ではない。
頭は痛いし、食べるものもないし、洗濯しないといけないし。
でも「大丈夫じゃない」と言っても、何かしてくれるのか?
そもそも、一度寝てからというもの碌すっぽ(ろくすっぽ)連絡もよこさず
一人酒が寂しくなったときに連絡をよこすのか?
そして大丈夫?なんて心配するフリして。
もっと言えば、ヒデとのことはもう無かった事にしてるんですけど!!


 という上記の感情を全てふまえて私は

 「無理。」


 と無機質に返信した。


 恐らくこのヒデに腹を立てた内容は、私も違うオトコたちに行っていることだ。
しかし悲しいことに、こと恋愛に関しては自分のことは棚にあげ放題だ。
むしろ、倉庫に保管できる程のストックがある。

 「ゆっくりして無理しないで」とヒデから返信があった。

 ヒデは絵文字を使用するタイプではないのでひょっとしたら彼は本心で心配したのかもしれない。
しかしそれは残念ながら文字だけで伝わる程の仲ではない。

 だが、忘れかけていたのにまたリングに戻るには十分なメールだった。


 ペンは剣より強いという。
強いというか、残酷だ。
心臓を刺される痛みは感じたことはないが、心をじわじわと攻撃される痛みは知っていて、
またそれはとても痛烈だ。


 
 「名言」「格言」は世界中で多く生まれ、また今も生まれ続ける。

 大正時代のジャーナリストである長谷川 如是間(はせがわ にょぜかん)の言葉は、
このSamantha的日常を読んでいただけている私と同年代のオンナたちに恐らく響くだろう。
彼が何を経験してこのように思ったのかはわからないが、
日々悩み、喜び、喜怒哀楽をひた隠しにハイヒールを履く私たちにはぴったりの「名言」であり
同時に「失言」だ。



 『少女の恋は詩なり。年増の恋は哲学なり』 
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大学生の頃、友人2人と連れ添ってグアムへ行った。

現地のクラブでたまたま大阪の学生と知り合いになり、
なんならタイプだったし気も合ったし、


大阪に帰ってからデートしたときの服のセンスで醒めてしまった。。。


グアムは常夏。Tシャツと短パンとビーサンでいいんだもん。

大阪は真冬だったから、ディテールが必要じゃない?


びっくりするくらい毛玉の付いたニットにびっくりして、
とても無言になってしまった覚えがある。


いろんな要素が合わさって恋が始まるんだろうけど、
殆どの場合、自分が創造するイメージに恋をするんだと思う。


あばたもえくぼ、なんて良くいったもんだと思う。


芸能人に恋するのもこれに近いんだな。


「あの人絶対いい人!!優しい人!!」

って豪語するけど、知り合いなの?ってところ。


自分の有するイメージから逸れたときに、百年の恋から醒めるんじゃないかしら。


逆に、最低のラインから始めてみると、案外八十年くらいの恋になるかもしれないし。


何故百年にならないか?


それはどうしても妥協をしていると、喧嘩したときなどふとした瞬間に、
「それ」が原因となってしまうから。



だましだましはうまくいきませんね。


だけどずっと妥協せずにいれば、いずれ百年の孤独に陥りかねないけど。


年とともにその妥協できる部分は多くなりつつあります。

丸くなったというか、どうでもよくなってきた、というかね。


百年の恋が醒めるたとしても、百年のぬくもりに変わってたらいいな。