前に映画館へ『ミツバチのささやき』(ビクトル・エリセ監督)を観に行ったときのこと。
終演後、すぐ後ろに座っていた老紳士が立ち上げり、杖をついて足元もおぼつかない様子で出口へとゆっくりと向かっている姿を見た。
あぁ、そうまでしてこの映画を映画館で観たかったのだな、とちょっと胸がいっぱいになった。
そして今、足の具合が良くなくて杖をついて歩いている。
人ごみを歩くことは極力避けている。
それでも無性に映画館に足を運びたくなる。どうしても観たい衝動にかられる。
そのために、出やすいように端の席を取る。時間に余裕を持って出かける。駅ではエレベーターを探して乗る。
ちょっと工夫したら何の問題もない。
と心の準備をしたところで、今年に入って観に行った映画は3本。
記録としてここに記しておこう。題して「ナツメの映画日記」
『終点のあの子』(吉田浩太監督)
高校生の自分がいつしかそこにいた。
あの頃の何となく不安定な気持ちを抱えながらの毎日。楽しくもあり、憂鬱でもあり、人とつるむのは苦手だけれど「ひとり」にはなりたくない。
前に読んだ柚木麻子の原作を思い出しながら観ていたけれど、いつしか原作を離れて、彼女たちの表情に引き込まれ、純粋で時に残酷な眼差しにドキドキしたりヒリヒリしたり。
最近映画を観る時に音や音楽にも耳が行くようになっている。
砂浜に打ち寄せては引いてゆく波の音、気持ちの揺らぎや感情を音楽が引き受けているシーンもあったように感じた。
ワルツのように。
「あの子」は私。観終わって、10代の頃にどんなことを思っていたのか、人からどう思われていると感じていたか、そんな記憶が蘇ってきた。
『たしかにあった幻』(河瀨直美監督)
小児移植医療を描いた作品。
日本の臓器移植医療は先進国中でドナー数最下位、また行方不明者は年間約8万人にのぼるという現実を突きつけられる。
当事者、医療関係者の抱く苦しみやもどかしさが伝わってくる。まるでドキュメンタリーのようだ。
その厳しいテーマが軸になってはいるが、登場する人間たちの優しさや健気さに胸がいっぱいになる。
そして屋久島の大自然、大樹、木洩れ日が何よりこの映画の本当のテーマ「生と死」を静かに描き出している。
河瀨直美監督の感性が私は好きだ。光を感じるのだ。
今ここで生きていることは幻、けれどたしかにある。
もし死が訪れたとしても命は受け継がれてゆく。終わりではない、たしかにある。
そんなことを思い出させてくれる、光のような作品だった。
『落下の王国』(ターセム・シン監督)
実は2回目の鑑賞。どうしても観たくて。
ベートーヴェン交響曲第7番第2楽章にのせて始まるオープニングクレジットから120分間、もうスクリーンから目が離せない。
実在する世界遺産が次々と現れ、ロイとアレクサンドリアが生み出す物語世界と現実世界の境界があいまいとなる。
その映像美と衣装の美しさと物語の展開に圧倒された。うわぁと開いた口が閉じることがない。
さまざまなものがタイトル通り「落下」する。
人、手紙、薬品、そして心。ラストシーンではスタントマンが撮影現場で橋から、馬から、建物から落ちる。
何度も何度も落ちる、受け止められる、立ち上がる、物語によって救われる。
その物語を作るのは人であり自分であると、
だからこそ最後のアレクサンドリアの言葉に涙が出た。
「Thank you Thank you Thank you very much」