亜希子
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寂しくなってくる季節であることは、仕方のないことだとして。
 
今朝、会社に行く前、パンティストッキングを履くために前屈した。

そうしたら、お腹の肉がムニュっと盛大に食い込む姿が、鏡越しに写った。

こういう時、ため息をついては負け。
見なかったことにして、「サトウのご飯」をレンジでチン。


朝はテーブルの代わりに、小さな冷蔵庫の上でご飯を食べるのが日課。

おしとやかにモーニングなんてキメてられないから、立ち食いそば形式で秒速でかきこむ。



どうか、ばかにしないでほしい。


食後、膨らんだお腹にさらに食い込むパンスト。


く、苦しい、、、。


支度は終わらない。


今度は、パンティとヒートテックババシャツの境目に、「貼るカイロ」を貼り付ける。


すると、駅から近い我が家の窓から、乗らなければいけない電車が近づく音が聞こえてくる。


間に合わない。けど、焦ることもない。

最近では、身体がダルくて目標の電車に間に合わないことも多いから、わざと1本早い電車を調べておく。


調べておいた電車より1本遅い電車で職場に向かっても間に合った時の多幸感は、なんともいえないものがあるから、その楽しみを、自分でわざと仕組んでる。


玄関で、エアクッションがしっかり入ったパンプスを履いて深呼吸。


「今日も、実生活の中で、女優が演じられますように。」と瞳を閉じて祈る。


我ながら、変なお願いだ。

でも、毎日そうやって祈って生きてきた。

人生は、演劇な気がするから。

気を許している友達といても、関係なく寂しい気持ちがどこかにあって、セリフを選んで人生は広がっていく。


悲劇からの喜劇だよ、まったく。


ブツブツ独り言を言いながら、次にやってきた電車に滑り込む。


車内では、私以外すべての乗客はスマホに視線を落としていた。

それを見て、どこの誰か分からない人たちにイラっとしてくる。

スマホに魂を吸いこまれてしまいやがって、と、突然批判的な感情がこみ上げる。


だけど実際、江戸時代だって「写真機に写ると、人は魂が吸われてしまう」という迷信があったのだ。

どの時代でも、人間は、結局変わらないのかもしれない。

私も負けじとスマホを取り出し、握る。

手の温度で温まった頃にイヤフォンを取り出し、iTunesに接続。

外の世界の音をシャットダウンするつもりで、音楽をセッティングする。

ゆったりとした気持ちになれる、あの曲が流れる。

こうしてみると、乗客たちも、自ら選択して、外の世界との関係を絶っているように思える。

それはまるで、俳優たちが舞台袖で、誰の影響も受けないように瞳を閉じてセリフの練習をする光景のようだ。


乗客たちにとって、朝の満員電車は、役作りタイムなわけだ。


だから、たまに車内の空間を乱す人を見つけると、つい怪訝な顔をしてしまうのは、それは公共の場のマナーを高め合うことを放棄した人への批判ではない。


「あなたの役作りは済んだの?」


という、彼らなりの心配と迷惑なのだと思う。

その後は私も、一生懸命、音楽に熱中したフリをする。

こういう時は、とくべつ好きなアーティストの曲じゃないほうが良い。

マフラーに顔を埋めて、先日のゴールデン街での1コマを思い出す。


今夏、旅先で出会った仲間に連れて行ってもらった、新宿のスナックでのこと。
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スナックのママから年齢を聞かれた。28歳です、と素直に答えると、


「28!? 子供っぽくみえて、意外といってるんだ。その歳だと、子供2〜3人いてもおかしくないんじゃない? 早く結婚しな〜。」


と、心無い言葉のテロに遭った。
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凄いな、これがサービス業の人間がいうセリフか。


そう思いながらも、めげずに、絶対品良く言い返してやろうと決め込み、


「そうでもないですよ。今は、迷える子羊が同年代でもたくさんいるんです。」


どうだ、これが大人の返しというものだ。


言葉の優しさと比例して、氷の微笑を浮かべるのがポイントだぞ。


■ 

この年齢で、私のような見た目だと、本当に標的になりやすい。


年齢、見た目、未既婚、彼氏の有無、性癖、好き勝手言っても平気だと思われているんだろう。


ほっといてくれ、ほっといてくれよ。
 

私は、今、傷つきながらも、毎日をとても楽しく生きているのだから。
  
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そんなことを思いながら、飲みの続きを始めたのだった。


それでも、悪くない夜だったのは、そういうのも含めてゴールデン街が、好きだからだった。


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おしまい。(実のところ、ほんとうにむかついた)