朝比奈隆先生が活躍されていた時に在籍していた大阪フィルのOBと現役の団員たちと呑みに行く機会があった。朝比奈先生を「おっさん」と親しみを込めて呼んでいたものの、時々、「大先生」と呼んで、ベートーヴェンとブルックナーが素晴らしかったと聞いた。

日本が誇る大指揮者、近衞秀麿さんについて訊くと、「あの指揮からはものすごく伝わってくるものがたくさんあった。テンポ感はおっさんよりも良かったよなあ?」と、他のOBに訊くと、同意している様子だった。「おっさんのベートーヴェンは素晴らしかったけれども、テンポはいつも一緒。棒振りの技術が良くなかったら」と、酒の勢いで、率直に話してくれた。

小澤征爾先生について訊くと、「とにかくリズム感が良い。昔は、大フィルにもよく来て、外国で(プッチーニの)トスカのような大きな曲をやる前に、うちで練習がてら演奏会をやったりしたんだ。小澤さんが来ると、オケの音が大きくなる」と。それを聞いたときに、私が学生時代、新日本フィルを小澤先生が指揮したマーラーの交響曲第5番の輝かしく、豊かなオーケストラの音に圧倒されたのを思い出した。

「関西人は一筋縄ではいかないとリハーサルで感じたのだろう。リハーサル初日の時にマネージャーから連絡があって「小澤さんが一緒に呑みたがっている」って言われて、団員が集められたことがあった」という。プレイヤーは、良い指揮者が棒を振ると、「ああ、それそれ」と共感できたり、「言われてみたらそうだなあ」と、納得して一緒に音楽をやりたくなってしまうのだ。とはいえ、オーケストラは人間の集まりなので、まとめるためには、音楽や技術以外のことも必要な時もあるのだ。

村上春樹さんが、朝日新聞に書いた追悼記事では、小澤先生のリハーサルは「緩んだねじを一つひとつ締めていく」かのようで、ねじを締めると途端に音楽が引き締まったり、生命力を増すというようなことを述べていた。セミナーの中では、何度か、小澤先生がバシッと手を一発たたくと、ツボにはまったかのように、音楽が生きいきするのを目の当たりにした。

小澤先生のセミナーを思い出す時に、2022年12月17日に亡くなった、セミナーをサポートしたウィーン音楽大学の湯浅勇治先生のことも思い出す。

湯浅先生は、「練習で何か演奏上に上手く行かなくて、その場で解決できないことがあっても、翌日には、必ず解決策をオーケストラに示していたのが凄い」とおっしゃっていた。

小澤征爾/SKO&JAXA共同企画で、車椅子に座った小澤征爾先生が、サイトウキネン・オーケストラを指揮したベートーヴェンのエグモント序曲の動画がYouTubeに公開されたのが2022年12月1日。きっと湯浅先生も、亡くなる直前に、ご覧になったと思う。どのような思いで、ご覧になっただろうかと思っている。身体能力が衰えても、腕を振る打点がはっきりとしているので、オーケストラに出だしやテンポを示したりはできているものの、かつてはあった、世界で数少ない指揮者しか持っていない、オーケストラをドライブ(自在に操ること)技術がもはや失われている事実を、私は受け入れがたくなるほどの衝撃受けた。

若い指揮者が下手だと、「そんな振り方をすると、(リハーサルで)オーケストラを止めて指示しなければならなくなる」と、限られたリハーサル時間で作品をまとめるためには、分かりやすい指揮をする技術を持つ重要性を小澤先生が説いたのを思い出す。これを聞いた時に、音楽以外でも、指導技術を教える側が身につける重要さは同じと思った。

前に、上智大学の北原延晃先生の研修仲間である教員達に、次のように私は言ったことがある。

「オーケストラを前に、「カラヤン先生はこう…バーンスタイン先生はこう…ハイティンクは…」と、それぞれの違った指揮者が捉えたベートーヴェンの交響曲を再現して見せて、1つの同じオーケストラが全く異なる音で説得力のある音楽を次々に奏でる様子を目の当たりにした。ベートーヴェンの交響曲は、現代のプロのオーケストラならば、指揮者なしで演奏できるので、指揮者の仕事は、自分がどう作品を捉えているかをオケに示すことである」と。

あれはベートーヴェンの交響曲第7番の第一楽章の始めだった。指揮者にとって全く異なる出だしを研究して、最終的にたどり着いた自分自身の表現。その過程で、やり方を真似て自分のものにするレベルが半端ないと思った。

小澤先生がボストン交響楽団の監督就任した1973年に、このオーケストラと録音したベルリオーズの「幻想交響曲」は、まるでシャルル・ミュンシュの名盤とそっくりな演奏。徹底的にミュンシュの十八番を研究したことで、アメリカの5大オーケストラの心を掴んだのではないだろうか。渡米直後に師事したのは、ボストン響の監督をしたことがある、この名指揮者。同じく1970年代に録音されたラヴェルの管弦楽曲も含めて、ミュンシュの得意とする作品について、本質的な部分を受け継いで、極めて質の高い演奏をする能力を身につけたのではないだろうか。同じく1970年代に録音されたブラームスの交響曲1番は、ヨーロッパの伝統を受けついた事を示している。ミュンシュ時代のオーケストラ団員がまだいたはずで、勤勉な小澤先生を歓迎したはずである。保守的なクラシック業界において、東洋人がアメリカの5大オーケストラやウィーン国立歌劇場の監督の地位を任されたのは、それだけの実力を演奏で示し続けたからに他ならない。

私が北原メソッドを、北原先生が実際に中学校でやったのと同じように完全コピーを目指した時にイメージしたのは、小澤先生がモデルになっている。

「こんなこと言うのは古臭いと言われるかなあ」と前置きをして、小澤先生はベートーヴェンの7番のある部分をどう捉えるかを話してくれた。小澤先生の師匠でもあったミュンシュ、カラヤン、バーンスタインもやっていない説得力のある作品の捉え方だった。

ワーグナーが舞踏の聖化 (Apotheose des Tanzes)とこの交響曲の躍動感あふれるリズムを絶賛したことからも、リズム感の素晴らしい小澤先生の良さが生きる作品だと思う。セミナーで小澤先生が中心に取り上げたのがこの交響曲だったのは、指揮者の技術や音楽の内容、学ぶべき事が多かっただけではなく、自信のある作品だったのではないだろうか。

湯浅先生は、こんなことをおっしゃっていた。

「(小澤先生の師匠だった)バーンスタインが生前に最後に指揮したのがこの交響曲なので、小澤さんにとって特別な曲なんじゃあないかな。」

私の教室では、次のようなエッセイを、中2の教科書後半から英検2級ぐらいの時期に、毎回、生徒に読ませる。大学に勤める、アメリカ人のダグラス・ジャレル先生が、毎朝、配信してくれるエッセイを、北原先生が教材化して下さり、それをさらに自分の生徒に合うように加工して、私の教室で使っている。

以下の私が書いたエッセイは、ジャレル先生によると、3月のどこかの金曜日にReaders Cornerで使ってくださる予定。

Goodbye, Seiji-san

One of my great teachers passed away. I took part in his seminars for conductors from 2003 to 2012 in Kyoto. One day, he showed a student conductor how he usually invites string players to start "Elegie" just after stopping his hands to draw string players' attention. Maestro Ozawa accidentally sat next to me at that time, so I felt his deep emotion for the music directly in a very small music room. We surrounded a grand piano. Two pianists played the maestro's favorite Tchaikovsky's Serenade for Strings like an orchestra. He preferred to be called by his first name, not "maestro." However, none of the participants called him "Seiji." That's because we knew well that he not only had the best technique to drive an orchestra in the world but also knew music better than anyone. He drunk alcohol after the concert, so he studied music before dawn without fail.

セミナーを訪れた野球の星野仙一さんが、NHKのために、小澤先生に薦められて指揮したのが、このエッセイに書いたチャイコフスキーの弦楽のセレナードの第一楽章冒頭だった。「車の中で何度も聴いて準備したよ」と笑っていた。


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