元気だと思っていたウィーン音楽大学の湯浅勇治先生が、2022年12月17日に亡くなっていたことを知った。

藤田由之先生と朝比奈隆先生からは、指揮者としてどのように作品に向き合うか、優れた音楽を生み出す重要性を学び、現在の仕事では、その考え方が、生徒達が取り組みたいと思う教材作りなどに反映されている。

湯浅勇治先生からは、まさしく世界一の指揮者養成コースを見たり体験させて頂いた。音楽を生み出すことだけではなく、プロの音楽家達の指導者として、それにふさわしい技術や知識を得ることの重要性を学んだ。

ローム・ミュージックファンデーション主催で、小澤征爾先生と湯浅勇治先生が講師で、日本人としては最も優れたコレペティツィオンと私が考える三ッ石潤司さんや、世界でも指折りのモーツァルト弾きのピアニスト、三輪郁さん達がセミナーを支えていた。まさしく世界一の指揮者養成セミナー。私は、有給休暇を取って、数年間に渡って何度か京都で行われたセミナーのほとんどの期間を、聴講生として参加した。

小澤先生の英語は、長いアメリカ滞在期間を考慮すると、決して、ものすごく上手とは言えないが、伝えたい内容の確かさ故に、たまにドイツ語が混ざる英語でも伝わりやすい。それを補うだけの指揮技術が確かだったからこそ、アメリカのトップオーケストラの一つであるボストン交響楽団や、世界最高峰のオペラ座であるウィーン国立歌劇場の音楽監督として長く活躍したことに繋がったと思う。指揮技術に関しては、どのような場面であっても、オーケストラのメンバーが安心して、小澤先生の指揮に合わせて演奏できるということ。それ故に、世界中の音楽家達が、小澤先生と演奏したがったのだと思う。小澤先生の指揮技術は、当時、世界最高だったと思う。

ロームのセミナーが行われなくなった後、湯浅先生には、千葉で1週間ほど、受講生として指導していただいた。ブラームスの特集で、4つの交響曲は勿論、協奏曲、序曲、セレナーデなどの全てのオーケストラ作品の楽譜を事前に読んでくるように求められた。プロの音楽家達の世界の厳しさは、京都のセミナーで知ってはいたものの、混ぜていただいたことで、それを肌で感じられたのが大きな財産。ブラームスの魅力を再認識した、これまでの人生で最も豊かな時間の一つだった。

湯浅先生の評価が高い下野竜也さんも駆けつけてくれた。オーケストラの音を担当する2人のピアニストの技量を見極めて、ハイドン変奏曲の第8変奏をとても魅力的に演奏したのをよく覚えている。下野さんについては、駆け出しの頃から知っている。朝比奈先生から、「見たいときにいつでも練習を見せてあげるから」と手紙を頂いて、フィルハーモニー会館に大阪フィルのリハーサルを見学しに行ったときに、何度か見かけたことがあった。当時、まだデビュー前だった。その後、しばらく経って、知り合った大フィルのメンバー達と仲良くさせていただいて、大植英次時代に、下野さんが指揮をするベートーヴェンのミサ・ソレムニスの練習を見せていただいたこともある。定期演奏会の後の大フィルメンバー達に誘われた飲み会では、下野さんが、指揮者としてとても評判が良かったのを知った。

生徒の進路指導で、時々、英文科が候補にあがると、英語教師になりたいという希望が無ければ、できるだけ避けるように話している。英語は道具に過ぎないからだ。音楽のプロの現場で使われる英語を実際に知っているのも、ある程度の英語力が身についたら、伝えたいものを学んだり、訓練して技術を身につけたりすることが生徒にとって大事だと考える理由である。

湯浅先生は、衰退するクラシック音楽業界を何とかしようと考えておられた。去年設立された「Wienerコアラの会」のホームページには、先生が「拡散希望」とした思いが記されている。現在の日本や海外でのクラシック音楽事情について、これほどまでに克明に書かれたものを私は他で読んだことがない。

https://wiener-koalanokai.com/jp-home/

消える前に、クラシック音楽の関係者には、出来るだけ読んでいただきたい。

実技指導としての面から、現在の教室での仕事で、湯浅先生から非常に大きな影響を受けていると日々感じている。クリエイティブな思考を維持するために再開したフルートをきっかけに、多くの国内外の楽譜が絶版になったことに衝撃を受けた。かつて藤田先生が、「日本にはフルート吹きが世界一たくさんいるけれども、「本当に上手い人」がほとんどいないんだよ」とおっしゃっていたのを思い出す。以前はたくさん楽譜が売れていたはずなのに。湯浅先生への感謝の気持ちとともに、クラシック音楽愛好家の一人として、「魅力的な音楽を提供できる業界として」クラシック音楽が長く存続することを強く願っている。


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