こんにちは、奥村です。
昨日の続きです。
この一連の出来事を通して、
ずっと考えていたことがあります。
配慮って、どこまで必要なんだろう?
相手を思う気持ちは大事。
でも、
相手の「好み」まで
全部引き受け始めると、
迎える側はどんどん疲れていく。
しかも、
その疲れは
だいたい誰にも見えません。
「制限がある人は大変だよね」
と言われることはあっても、
「配慮する側は大変だよね」
とは、あまり言われない。
今回、
この家族を迎えて
ようやく気づきました。
違いがあること自体は
問題じゃない。
でも、
どこまで引き受けるかは、
自分で決めていい。
そう思えただけでも、
この11月は
私にとって意味のある時間でした。
あなたはどうでしょう?
今、
無意識に引き受けている
「誰かの好み」、ありませんか?
明日、最終話です!
それでは、また!