世界広布への思索
懇談会を終えた伸一は、妻の峯子や地元の幹部と、車で山口市内を視察した。
途中、長山城跡地である亀山公園に差し掛かる。
地元幹部から、この辺りに”ザビエル記念聖堂”が立っていることを聞いた伸一は、戸田先生が第2代会長に就任した直後、自身がフランシスコ・ザビエルの書簡集を読んだ思い出を語る。
―言葉も文化も異なる日本で、ザビエルがどうやって布教していったのか。
伸一は、来るべき世界広布の時代に、何が大切かを思索するため、ザビエルの書簡集をひもといた。
そして、世界広布の道が険路であることを痛感する。
しかし、「彼は、戸田城聖のもとで共に戦い、日本国内にあって、幾千、幾万、幾十万の仏子の陣列を築き上げていくなかで、次第に、世界広布を現実のものとする、強い確信がもてるようになっていった。何ものをも恐れずに弘教に生き抜く同志の、不撓不屈の実践と決意を目の当たりにしてきたからである」-
伸一は、亀山公園で車を降り、散策しながら、末法広宣流布のために、門下が死身弘法の信心を確立するよう念願された日蓮大聖人の御胸中に思いを馳せた。
そして、世界広布の新時代を思い描き、真の信仰者を育て上げることをあらためて決意し、同行の幹部に伝えた。
「さあ、山口文化会館に戻ろう。少しでも多く、学会の宝である青年と会って、全力で励ましたいんだ。創価の心を伝えたいんだ」
さらに、帰路、山口の幹部に伝えた。
「山口県は、明治維新を担う多くの逸材を輩出している。日本の夜明け、『初日の出』を告げたのが山口県だ。
広宣流布の新章節にあっても、山口県が『初日の出』となって、広宣流布の新しい歴史を創っていくんだ。
みんなが、勇んで戦いを起こし、一日一日、誇らかな『自分物語』を、心に綴っていくんだよ。
大ドラマには、苦闘と涙がある。でも、ヒーロー、ヒロインは負けない。悲しみや苦しみが深ければ深いほど、勝利の感動は大きい。
一人ひとりが主人公であり、偉大な使命の勇者だ。みんなが綴る物語が楽しみだな」