ロシア映画「Мафия: Игра на выживание」が、

「キル・オア・ダイ~究極のデス・ゲーム」
というタイトルで日本でもDVD発売されていたので、
紹介しておきます。
↓リンクはこちら

[http://www.amazon.co.jp/dp/B01C8970K8/]

 
この作品、
新・旧ロシア版のアトス役俳優が、
ふたり揃って出演している!という…、
(ヴェニアミン・スミエホフ氏(旧)と、
ユーリー・チュルシン氏(新))
ロシアのアトススキーにとっては、願ってもない作品ではあるのですが、
作品の内容が自分には、どうかな~、という感じで…
(↑あくまで自分にとっては)

今のところ購入は検討中です。
レンタル店で見かけたら借りたいですが、
入荷なんてあるのかな…。



 

デュマの小説「三銃士」
上巻前半での迷シーン。

…わざとダルタニャンに間違えられて、逮捕されたアトス。
そんな事情は知らない役人。
アトスと面会させられたボナシュー氏。
のやり取り


「この人は、ダルタニャンさんではございません」
「なんだと。ダルタニャン殿ではないとな」役人は叫んだ。
「まるっきりちがいます」と、ボナシューが答えた。
「それでは、この人はなんという人だ」と、役人がたずねた。
「申しあげることはできません。私の知らない人ですから」
「なんだと。知らない人だと」
「そうでございます」
「会ったことはないのか」
「会ったことはございますが、お名前は知りません」
「あなたの名は」
「アトス」
「いや、それは人名ではない、そんなのは山の名前だ」
と、気の毒に頭が変になりかけた役人が叫んだ。(p212)

……と、このセリフにあるように、アトス山という山は実在します。
場所はギリシャ。
ギリシャ正教の聖地になっていて、いまでも女人禁制の土地のようです。

[ウィキペディアへリンク]



↑アルフォンス・ミュシャによる聖山アトス(部分)


そんなアトスに出かけた日本人作家、村上春樹氏の旅行記があります。
「雨天炎天」

…もちろん「三銃士」とはまったく関係ありません(^^;)

道なき道を行く、ハードでワイルドな旅だったようですが、
村上春樹氏らしく?、かなりあっさりと、淡々と書いてあります。

短期滞在なので、文の量も少なく、読みやすいかと。
アトスってどんなとこ…?と思った方にはオススメしておきます。

[アマゾンへリンク]

(自分が読んだのは文庫版でしたが、新装版のほうには写真多数のようです。)


話はとんで、銃士倶楽部さまのデータベース「書籍情報」に、

「明治期の三銃士」

というページがあり、
当時、日本風に翻訳されたキャラの名前が載っています。

そちらによると、ダルタニャンは「有田太郎(ありたたろう)」、アラミスは「荒見(あらみ)」、ミレディーは「宮子」
…で、アトスは「阿蘇(あそ)」だそうな。


……『「阿蘇」は山の名前だ!!』


おあとがよろしいようで…。





◆シュヴルーズ夫人繋がりで、「三銃士」時代のアラミスについて。

「二十年後」以降のアラミスと比べると、「三銃士」の頃のアラミスって、陰謀臭さがないように思っていましたが、
史実を調べた後に小説を読み直してみると...全然違う(笑)

実はこの頃から、シュヴルーズ夫人が関わる陰謀事件には何かしら関与していたらしい事が、
作品中には散りばめられていたので、ご紹介します。


■①シャレー伯の陰謀事件について

冒頭のトレヴィル邸で、銃士たちがこんなウワサ話をしています(p40~)

「シャレーの従者が話していることを、みんなはどう思うかね」
...
「それにしても、その話はほんとうなのか」
「アラミスから聞いたのだ」
...
「その謎の鍵は誰ひとり知らなかった、
そいつを君(←アラミス)が昨日われわれに教えてくれ、
みんなをすっかり喜ばせてくれたわけだ。」
と、ポルトス。

…銃士達はどうやら、「シャレー伯の事件」について話しているようです。
それに関してアラミスは、他の銃士達が知らない事を知っていた…という会話をしています。


・話題になっている「シャレー伯の事件」とは…

国王ルイ13世と、宰相リシュリューを亡き者にし、
王弟ガストンとアンヌ王妃を結婚させようとした…というもの。

シュヴルーズ夫人もこの陰謀に関与してます。
(…この時代のほとんどの陰謀に関わっていたようですが…)

そして、処刑されたシャレー伯は、彼女の愛人のひとり。
(…というか、ハニートラップの哀れな犠牲者というか、自業自得か...??)


・ちなみに史実においては...
国王ルイ13世と、宰相リシュリューがタッグを組み、
反対勢力の
大貴族(+王母、王弟、王の異母兄弟)と対立していていました。
ここが、史実と小説の利害関係がちょっと異なる点です。

史実のシュヴルーズ夫人は「大貴族代表」として、国王&宰相の中央集権に対抗する立場だったようです。


…ただ、この事件が起きたのは1626年。
小説でダルタニャンがパリに行ったのは1625年なので、
時代考証を考えると年代が前後しているのですが…。

何にも知らない…単純なポルトスと、
何やら知ってる…思わせぶりなアラミスの、キャラの対比が面白いです。

(話は逸れますが、
その後のポルトスのお説教にカチンときて
「アトスに言われるのならばだが、この私は説教されるのは大嫌いだ。
ー(略)ー
言いたいことを言わせてもらうと、君の言いぐさには、なんともがまんがならんのだ」(p43)
…外見は優しげでも、怒りやすく口はキツいところ、
やっぱり単純なポルトスに呆れて
「もう何度も注意したじゃないか、どうにも君は口の軽い男だ、と。そんなだから女にもてないんだよ」(p145)
と言っちゃうところ、
…そんな事がありつつも、
「ポルトスにもまた会えるというわけだ、うれしいね。あのたわけ者がいなくて、私はさみしくて仕方がなかったんだ。」(p464)
…てなところのキャラ描写は、素直に好きなところであります。)


■②アミアン事件について。

史実では、1625年、ルイ13世の妹、アンリエットとイギリス国王の結婚祝典のためバッキンガム公爵が来仏し、アンヌ王妃に密会した…というもの。

首謀者はシュヴルーズ夫人で、イギリス側の愛人と共に画策。
(…夫人には、こうした“恋人兼密偵”が、フランス内外に100人位いたとか、
『ラ・ロシュフーコー公爵伝説』(堀田善衛)に書かれてます。)

さて、バッキンガム公が来仏の際に真珠を撒いた事について話したポルトスが、
「アラミス、君はあの人(←バッキンガム)を知っているかい」

「知っているとも。私はアミアンの庭園であの人をつかまえた連中の一人だ。
お妃の侍従ピュタンジュ殿につられてあそこへ行ったのだがね。
あのころ、私は修道院にいたのだが、あれは王陛下にとってお気の毒な事件だと思ったものだった」(p142)

…って、現場にいたのか!
…「あのころ修道院にいた」って、いつ銃士隊に入ったのだろうか?
(それとも、銃士だが、たまたま修道院に滞在してて…という意味か?
ここでも時代考証的な一貫性はありません...)


■そして最後

「アラミスはロレーヌ地方に旅行したあと、突如として姿を消し、友人にも便りをよこさなくなった。後日、シュヴルーズ夫人が語ったところによると、彼はナンシーの僧院にはいったということである。」(p474 下巻)

前の記事に書いた通り、ロレーヌ地方(ロレーヌ公国)は、
シュヴルーズ夫人が身を寄せていた土地。
そしてナンシーは、ロレーヌ公国の首都です。

…結局シュヴルーズ夫人を追って、ロレーヌに行ったのかな…??

僧院には入っても、夫人との繋がりは切れてなさそう(この時点では)
…と思わせるラストでした。



前と同じ地図。
ナンシーも載ってるので掲載。

(原作の引用は全て
角川文庫 竹村猛/訳)