ここ数ヶ月、勉強に仕事にと忙しい日々を送っていたのだが、ようやくひと息つけるようになり、久しぶりに大型書店に足を運んだ。


書店に入ると、いつも最初に確認するのは、海外小説の棚で、ポール・オースターの最新翻訳が出版されていないかどうかを確認することが決まりだった。


翻訳者の柴田元幸氏が多忙のようで、なかなか最新刊の翻訳が出版されない。


いまかいまかと待ち侘びていた。


本棚を見ると「追悼 ポール・オースター」という張り紙が目に飛び込んできた。


一瞬のこと。


何が起きたかと思い、そして、ついに逝ってしまったのかと理解した。


人間だし、高齢だからいつ死んでも不思議ではない。頭ではそう理解していたが、それでも衝撃的だった。


一人の作家が死んだ、というよりも自分の中の一つの時代が終わったと感じた。

鳥山明が死んだときも似たような感覚だった。


ひと月ほど前に肺がんで亡くなっていたそうだ。


奇しくも、父と同じ77歳で天寿を全うしたことも何かのメッセージのように思えた。


良き死は、のこされた者への

死者からの最後の贈り物になる。


「オーギー・レンのクリスマスストーリー」

「ムーンパレス」

「リヴァイアサン」

「ミスター・ヴァーティゴ」

「ティンブクトゥ」

「幻影の書」


近年、本の処分を進めている私の本棚からなくなる兆しは一向に無い。


むしろ、早く手に取れよ、とオースターから呼びかけられている気すらする。


時代は移り変わってゆく。

もう自分の時代ではないことは確かだ。


次の世代の時代なのだと、あの人の顔を思い浮かべた。


読書はやはり、素晴らしい時間だということを。