寝る前、ベッドで目を閉じると
まぶたの裏に浮かびあがり
それを思い出すだけで
満ちたりた気持ちになれるような出来事。



忘れられない日










ひとつは、
お家暮らしの先輩宅を訪れたこと。

これはもうすこし自分のなかで
あたためてから書きたいので後日。







「もうすこし…もうすこしひだり…」






あとひとつは、
NICU通いのママに声をかけてもらったこと。

です。


ぼっちエブリデイの病棟ではじめて、
病棟通い11ヶ月めではじめて、
すれ違いあいさつ以上の会話を
(1分くらい)しました。



これが、心底嬉しかったのです。



わたしは看護師さんなどスタッフの方と
会話することはあっても
ママと話すことができませんでした。


会話してるママ同士をちらっと見かけると
うらやましさを感じるのに、
なんやかやと自分に理由をつけて逃げてて

誰にも声をかけられずにいました。





 ぼっちは人間関係がラクだからね…
選択的ぼっち…   










そんなわたしに声をかけてくれたひと。





彼女の姿をここ何ヶ月かな、わりと長い期間
お見かけしてました。
夫婦ともに大変こまめに面会にきてます。

お子さまは、なつみと同じく
気管切開と胃ろうを造ってる様子。 

お子さまのベッドはなつみベッドから遠く、
どんな子なのか?はまったくわかりません。
そちらまで見に行けないし。


わたしが知ってるのは
両親の愛情と、ふたつのオペのこと、そして
看護師さんたちがいつも親しみをもって呼ぶ
お子さまの名前、くらい。


はじめての会話で
こまめに面会に来てる理由を知りました。


やはり、やはりそうですよね、
それぞれにそれぞれの想いがあります。





いつも気にかけてたご家族だったので
ほんのわずかな時間ですが
世間話ができたことが嬉しく、
脇汗かくくらいテンションあがりました。


あまりに嬉しすぎて、3日くらい
ちょいちょぃ看護師さんに報告してました。




なんだかんだ言って
こじらせ系さみしがりぼっちなので
しっぽフリフリしちゃう。


NICU通い始めの頃だったら
話しかけられても、不安や心配に支配されて
会話するのはこわくてムリだったと思います。


でも、いいかげん一年近くの時が経って
わたしもようやくすこし、
周りを見渡し、気にかける余裕が
できてきたのかな。


ぱっさぱさに乾いたこころにしみる
ありがたさでした。



「ブー」








ひと声をかけるだけで、こんなに
ひとを幸せな嬉しい気持ちにできるなんて!





小さなことから、誰かに喜びや嬉しさや
しあわせを与えられるように
いつか、なれたらいいな。



わたしは、そういうふうになりたい。

って  雨ニモ負ケズ、みたいだね。






声をかけてもらった、
ただそれだけで天まで浮かれて
そんなことまで考えました。





あー嬉しかった。プライスレス