石岡に住んでいると、水戸は今でも「買い物に行く街」「用事がある街」です。
水戸駅に着くと人も多いし、駅ビルや京成百貨店、芸術館のあたりもそれなりににぎわっています。

一方で、ニュースなどでは
「水戸市の人口減少が進んでいる」
「茨城県全体で人口が大きく減っている」
といった話題がよく出てきます。

そこで気になってくるのが、

  • 水戸市の人口は、本当にずっと減り続けているのか
  • どこかの時期で、いったん増減が止まったり、ほぼ横ばいになっていたことはないのか
  • 同じくらいの人口規模の、福島市(福島県)や府中市(東京都)と比べるとどうなのか

というあたりです。

今回は、石岡市在住の目線から
「水戸市の人口減少はいつから始まったのか」
「減少が止まったように見える時期はあったのか」
をテーマに、福島市・府中市との比較も交えながら考えてみます。

 

① 水戸市の人口は本当にずっと減少しているのか?

まず整理しておきたいのは、
「水戸市=ずっと右肩下がり」というイメージが本当に正しいのかどうか、という点です。(水戸市の最新人口

人口推移のグラフを長い目で見ると、水戸市には

  1. 人口が増えていた時期
  2. あるところで頭打ちになった時期
  3. そこから少しずつ減り始めた時期

という三つの段階があるように見えます。

特に、ピークからしばらくのあいだは、

  • 前の年と比べて少しだけ増えたり
  • ほとんど変わらなかったり
  • わずかに減ったり

という「増減の幅が非常に小さい期間」が続いています。
グラフにすると、山のてっぺんからなだらかな“高原”が続いているような形です。

この「高原状態」の時期は、
外から眺めると「人口減少が止まっていたように見える」タイミングでもあります。

つまり、

長い目で見れば減少傾向だけれど、
ある数年間は“ほぼ横ばい”だった可能性が高い

というわけです。

では、その「横ばいに近い時期」はいつごろなのか。
そして、それは福島市や府中市と比べて、早いのか遅いのか。
次の見出しで、もう少し掘り下げてみます。

 

② 統計から見る水戸市の人口推移と「減少が始まった頃」

国勢調査や住民基本台帳の数字を見ていくと、
水戸市の人口は2000年代〜2010年代前半くらいにかけて増加し続け、その後ピークを迎えます。

ピークに達したあとの数年間は、

  • 総人口の数字はほとんど動かない
  • 増えても減っても、ごくわずかな幅におさまっている

という状態で、「人口減少」という言葉のイメージほどには、大きな変化は起きていません。

このあたりの期間は、

  • 「人口増加の時代」の終点であり
  • 「本格的な人口減少」が始まる前の、境目のような時期

と見ることができそうです。

一方で、茨城県全体の人口は、この十数年でかなりはっきりとした減少に入っています。
県の人口が毎年まとまった数で減っていく中で、水戸市だけはしばらくのあいだ
「増えもしないが、急には減らない」という状態を保っていた、という見方もできます。

周辺の市町村を見てみると、

  • ひたちなか市、那珂市、小美玉市、笠間市など
    → 水戸と生活圏を共有しつつも、長期的には多くが人口減少傾向(小美玉市の人口

  • 石岡市
    → 県央と県南の間に位置する地方都市として、やはり人口減少と高齢化が進行中(石岡市の人口考察

といった状況で、
「水戸市だけが極端に減っている」というよりは、

水戸市も含めて、県央〜県南エリア全体が同じ時代の波の中にいる

と捉えた方が近そうです。

その中で、水戸市が一時期“横ばい”に近い状態を保てたのは、
県庁所在地としての雇用・教育・医療・商業の集積が、
周辺から人を引きつける力を持っていたから、という可能性もありそうです。

 

③ 水戸市の人口減少が「ほぼ止まっていた」時期と

福島市・府中市との比較

では、水戸市の人口減少が「ほぼ止まっていた」時期はいつごろなのでしょうか。

細かな数字はここでは挙げませんが、
ピークを迎えたあと数年〜10年ほどは、年ごとの増減がかなり小さい状態が続きます。
グラフの線も、ほとんど横に近い形になります。

この期間は、

  • 減少に向かう力は働き始めている
  • ただし、転出・転入や出生・死亡のバランスが、まだ大きく崩れていない

という、「下り坂の手前で踏みとどまっている」ような状態だったのではないかと感じます。

ここで、同じくらいの人口規模を持つ 福島県福島市 と 東京都府中市 と比べてみると、
水戸市の位置づけが少し分かりやすくなります。(全国市町村人口ランキング

▶ 福島市との比較(地方中核市どうし)

福島市は福島県の県庁所在地で、役割としては水戸市とよく似ています。
ただ、東日本大震災や産業構造の変化などの影響もあり、水戸市より少し早い段階から人口減少が続いている印象があります。

  • ピークを過ぎてから、比較的スムーズに「減少モード」に入った
  • 減少幅も、水戸と比べるとやや大きめに出ている時期が多い

といった特徴がありそうです。

水戸市の「高原状態」にあたる時期が、福島市では短めだった、
あるいはほとんど見られなかった、という可能性も考えられます。(福島市の人口を考える

▶ 府中市との比較(首都圏ベッドタウン)

一方の府中市は、同じ「26〜27万人規模」の都市でありながら、まったく違う動きをしています。
東京都多摩地域の一角として、都心へのアクセスがよく、鉄道も路線が多く、
住宅地としての人気も高いエリアです。

そのため、

  • 長期的に見ると「横ばい〜微増」を続けている
  • 大きく増えもしないが、減少にもなかなか転じない

という、「人口を維持している都市」の代表のような存在になっています。

▶ 3都市を並べて見えること

この3つをざっくり比べると、

  • 福島市:地方中核市として、比較的早くから人口減少が進んだ都市
  • 府中市:首都圏のベッドタウン・業務拠点として、人口を維持・微増させてきた都市
  • 水戸市:その中間にいて、「一時的な横ばい」と「じわじわした減少」を経験している都市

という構図が見えてきます。

つまり水戸市は、

「長期的には減少傾向だが、福島市ほど急激ではなく、
府中市ほど“減らない街”にもなれていない」

という、ちょうど真ん中あたりのポジションにいると考えることもできそうです。

この観点から見ると、
水戸市の人口が「ずっと減り続けている」というよりは、

ピークを迎えたあと、数年間はほぼ横ばいで踏ん張り、
その後、地方全体の流れに押される形で本格的な減少に入っていった

という理解の方が、実態に近いのではないかと思います。

 

④ 石岡市民から見た水戸市のこれからと、周辺市町村に共通する課題

石岡から水戸に行くと、駅前の人通りやお店の多さに、今でも「やっぱり県都だな」と感じます。
一方で、石岡市自身も人口減少と高齢化が進んでいて、
「水戸のこれから」は、決して他人事ではありません。

周辺に目を広げると、

  • ひたちなか市、那珂市、小美玉市、笠間市など
    → 多くが長期的には人口減少傾向

  • 石岡市
    → 若い世代の流出や出生数の減少が課題

となっており、

水戸圏・県央エリア全体が、人口減少とどう向き合うかを問われている

と言っていい状況です。

その中で、水戸市が再び「減少が緩やかになる時期」や「ほぼ横ばいで踏ん張る時期」をつくれるかどうかは、
周辺の市や町にとっても大きな意味を持ちます。

たとえば、

  • 住みやすさや子育てしやすさを、水戸圏全体でどう高めていくか
  • テレワークや二拠点生活を前提に、「東京からちょうど良い距離の街」としてアピールできるか
  • 水戸芸術館や偕楽園、歴史的な城下町の雰囲気など、水戸ならではの魅力をどう磨き、周辺市町とつなげていくか

こうした取り組みの積み重ねが、
「急には増えないけれど、思ったほど減らない街」という未来につながっていく可能性もあると感じています。

もちろん、現時点で

  • 「何年から人口が持ち直す」
  • 「必ず横ばいに戻る」

といったことを言い切るのは難しいです。
それでも、これまでの人口推移を丁寧に振り返ることで、

どの時期に、何が重なったときに、減少が弱まったり強まったりしてきたのか

を少しずつ見えてくる部分もありそうです。

石岡から見ていると、
水戸市は「買い物や用事で通う身近な大都市」でありつつ、
同時に「県央エリア全体の将来を左右する、人の集まり方を決める場所」でもあります。

今回書いたことは、あくまで一人の石岡市民として、
統計と自分の実感を重ね合わせた一つの見方にすぎません。

実際に水戸で暮らしている方は、
もっとリアルな感覚をお持ちだと思います。

  • 「自分の近所ではこう変わってきた」
  • 「若い世帯が多いエリアもある」

といった声を集めていくことで、
水戸市の人口減少が本当に「止まりうる」のか、
どこまで「緩やかにできる」のか、
少しずつ具体的なイメージが描けていくのではないでしょうか。