感情のこじれが生む厄介なこだわり | 生ききるッ

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今って『宇宙的』に時代の大転換期
これからは「人生思い通り」

みんな早く氣付いて幸せになぁれ♪


…と言いつつ
内容は全部自分日記ヾ(≧▽≦)ノ

マトリックス  レボリューションズを観ていて…
この単語ってあっちで出てなかったか?なーんて
ちょっと引っ掛かって新年に放送された
NHK「ニッポンのジレンマ」を観ていました。

なかなか話されてる内容を理解し尽くすのは難しく
いつまで経っても消去出来ません。

そして、時々観返したくなります。
いつか文字に起こして残しておきたいなぁと思っています。


昔から討論番組とか見るのが好きで。
朝まで生テレビとかも気付いたら見て。

最近よく感じるのは、
この、ニッポンのジレンマ世代
…1970年代以降生まれ…
はヘンな口ゲンカにはならないということ。

朝まで生テレビなんかだと
時々ケンカになる、
思想と思想のぶつかり合いというか
メンツとかプライドとか
なんて言うんでしょう?
そういった、本来の内容ではないところで無用な争いが起きて
話が逸れてしまうというか。

なので、50代以上になりますかね?
その人だけのヘンなこだわりがあるというか、
プライドというか譲れない何かへのこだわりが強すぎて
言葉をそのまま受け取れないな~という状況が度々あって
めんどくさ~なんてのをよく感じました。

その点、今どきの若者はこだわりがないというか
本当にフラットにモノを見られるというか
余裕あり過ぎて時々モメてる人の間で
仲裁というか通訳みたいなことが出来る。

若者の方が人間出来てるよな~
聴いてて勉強になるわ~
なんてことを感じています。

ゆとり世代がさとり世代と呼ばれることもありますよね?
別モノだって言ってる人もいましたが
考える余裕を与えたら考え出す若者も育って来たってことだよね
って思って見ています。

単に、
余裕をあげたら、
頑張らせるのをやめたら
「勝手に真っ直ぐ伸びた」ってことなんじゃない?と思っています。

心屋仁之助さんの言う、
「頑張ると意地悪になる」の反対。

頑張らせなくても
人はやりたいことを一生懸命やっちゃう生き物なのでは?
勝手に伸びてくものなのでは?

勉強させなくても勝手に学んじゃう生き物なんじゃない?
そんな風に思っていて。

頑張らせるって
頑張らないとダメだっていう恐れを刺激してるもので。
子ども本来の力を信じていないということで。

頑張って勉強した、知識を会得した人は
学歴だったり、知識の多さだったりにプライドを持っていて、
いや、すがっていて
そこが危うくなると闘わざるを得なくなる。
周りで見てると不毛以外の何ものでもない。

宗教とかもそうで。
ケンカしに行ってる。
別にどっちもあってもいいと私なんかは思いますけど。


子どもは伸びる。
寝てたら安全なのに立とうとする、
立ったら、転んでも歩いてみようとするのが赤ん坊で。
どんどん挑戦したがるものなんだって分かりますよね。

勝手に伸びるんだから
信じてほったらかせば良い。
出来上がりのモデルを決めないで傍で見てればいい。
良いも悪いもないから。

私なんかはそう思っていますが。

それぞれが自由に考え始めると
色んな視点で色んな気付きが起きて
それらを共有すると、とっても面白いことになるな~!って。
想像してると楽しくて楽しくてしょうがないですが。

やっぱり世の中は変わっていってますよね、
楽しい方向に。