階段から落ち、くも膜下出血になりましたが
少しずつ元気になっていく父を今は自宅で
家族みんなで見守っています
今では出来ることが増えてきて
目が離せないなぁと思っている今日この頃です![]()
と言うのもリハビリでの歩く練習のおかげで
数歩なら歩いちゃうんです![]()

この間も寝ぼけてスタスタ洗面所へ
びっくりです

歩けることはとってもうれしいのですが
勝手に歩くのはとっても困ります![]()
こけて怪我でもしたらと思うと怖いです
でもね
1年前のあの頃から比べたら・・・
何があっても楽しめます![]()
元気が1番~![]()
これからも大変なことがあるかもしれませんが
まあ何でも楽しんでいこうと思います
![]()
そう、あの頃よりずーっと楽なんですから
父が飲み込みのテストを受けても受けてもダメで
結局、胃ろうの手術を受けてからの続きの
お話をさせていただきます
不思議なことに覚悟をして胃ろうを作った次の日から
飲み込みのテストにパスしてお楽しみ程度の食事を
採れるようになりました
起きている間が少し長くなり
この頃から少し意識がはっきりしてきました
たとえば腕時計が欲しいとか、めがねが欲しい
新聞を持ってきて欲しいなど要望が出てきました
新聞をみて理解できなかったのか
「頭が悪くなった」と本人が言うんですから
これってある意味すごい事なんじゃない?って
親馬鹿、いえ子馬鹿です![]()
考えて理解しようとして出来なかったと自覚しているんです
日に日に成長?復活していく父が嬉しかったです
そして
7月19日新しい病院から![]()
「空きが出来ましたのでいかがですかぁ?」
と連絡を頂きました
リハビリをしてくださる病院です
もっともっと元気になってほしいと思い
次の日には転院となりました![]()
父の状態が悪いときに決めたので
回復期病棟ではなく療養病棟です
同じ病院の中に2種類の病棟
この選択は間違いでした
このときの父なら回復期でいけたと思います
これから回復期を選んでいたらと
何度も後悔する事になります・・・
着いてすぐに
看護師さんと主治医の先生から
これからの事の説明がありました
その最後に先生が言った言葉に
私たちは愕然とするのです
「ここは状態が急変して亡くなる方も多いです
それでもよかったらお預かりします」
「・・・・・?」
何を言っておられるのか理解できませんでした
無言で困惑している私たちに
「ま、いいです。そういうことなので」
と言って先生と看護婦さんとの面接は終わりました
この病院って大丈夫?と不安でいっぱいになりました
父が殺されるん?こんなに元気になったのに?
急変?えーーーーーーー!?
不安なまま次はリハビリの先生方との面接です
正しくは理学療法士さんと作業療法士さん、
そして言語聴覚士さん~![]()
どのぐらい動けるのかテストをしていただき
今後の方針を決めてくださいます
そして食べれるか分からない
いえ無理だと言われたのですが
あきらめきれなくってこの病院を選びました
言語聴覚士さんがいらっしゃるんです~![]()
あきらめなくってよかった
![]()
摂食、嚥下の障害の訓練をしてくださいます
少し食べれるようになっていたので
この病院で正解~![]()
この点では
私たちの選択は間違ってなかったっと思います
この日から日曜以外は毎日
歩くこと、日常の動作、食べること
3つのリハビリの生活が始まります
結構忙しいです![]()
面接が終わった後
リハビリの結果を聞かれて
主治医の先生が病室へ来られました
このときに初めて父との対面になります
「とっても体調がいいみたいですね。
リハビリ頑張ってくださいね」
えーーーーー?
なんなんでしょう
この先生が嫌いになったことは言うまでもありません![]()
あ、異動になり今はこの病院にはおられませんので
書いちゃいました

この夜、大変なことが起こっていたのですが
朝早くから転院のため疲れて家路に着いた私たちは
そのことを次の朝知らされます
また試練です
