主人格との電話の翌朝、青年が目覚めると1件のLINEが届いていました。
『ごめん!昨日お酒飲んでそのまま寝てたー!💦』
どうやら副人格は昨日の電話のことを認識はしていないようでした。
青年はいつも通りの口調でLINEを返します。
「いいよいいよ大丈夫!」
「でもどうしたのー?返信無いの珍しいから心配だったよー、大丈夫?何かあった?」
これまでに彼女から返信が来なくなるタイミングは何度かありました。
しかし、それらは決まって『友達とご飯食べてくる』『お風呂入る』『ちょっと昼寝!』など、事前の断りがありました。
出会ってから毎夜、1晩たりとも欠かさなかったLINEが途絶えたのですから、何か事件があったと推測するのは自然な流れでした。
もっとも、何があったか青年は知っているのですけどね。
「もし悩みがあるなら相談に乗るよー?」
『うーん…ちょっと嫌なことがあってねー…』
いつもの彼女とは違ってなんだか歯切れの悪い回答。
「じゃあ今週末会った時にでも聞かせてくれないかい?」
『うん…分かった、その時に話すね』
そこから土曜日までは当たり障りのないLINEのやり取りを楽しみました。嵐の前の静けさですね。
そして土曜日。2人は都内の喫茶店にいました。注文を終えた2人は2階の飲食スペースへ向かいます。
生憎の雨のせいか、店内は混雑していました。2人はフロアの真ん中の2人がけの円卓につきました。
彼女はよく分からない甘そうな液体を、青年はアイスコーヒーを飲みながら雑多な話をしていました。
頃合を見て青年は切り出しました。
「それで、あの日は何があったんだい?」
『ああ…うん、あの…んー…』
彼女は中々決心が付かず、未だに何があったかを話すことを躊躇っているようでした。
それもそのはずです。
彼女は青年のことが好きなのです。大好きなのです。
初めてお店で会った時…あまりよろしくないお客さんが多く、時には乱暴な扱いを受け、心も体も疲れ果てていた彼女の元に現れた青年。彼から1人の対等な女性として優しい言葉をかけられ、労われ、そして頭を撫でられた時…
彼女は青年に恋をしたのです。
そして、この時既に彼との幸せな日々を手に入れていたのです。
自分の素性を明かすことでその幸せが崩れてしまうかもしれない。青年に嫌われるかもしれない。
そう考えると彼女は言えなくなってしまったのです。
青年にも彼女の心の機微は分かったのでしょう。
そしてまた青年も彼女のことが好きでした。大好きでした。
そんな彼女が今目の前で苦しんでいる。
なれば青年がすべきことはただ一つです。
青年は意を決して言葉を紡ぎました
「大丈夫だよ、どんな話でも俺は受け入れるよ」
「たとえ、君が解離性同一性障害だとしてもね」
ただでさえ普段から大きくて綺麗な彼女の目が、驚きでいつも以上に大きくなるのを見て
(ああ、やっぱり彼女は驚いた顔も可愛いなぁ)
なんて妙に冷静な青年でした。
━━━━━━━補足━━━━━━━
彼女(副人格):青年のことが好き。
都会慣れしている。某喫茶店の注文で呪文が唱えられる。
青年:彼女のことが好き。
某喫茶店の注文が苦手なため、いつもアイスコーヒーしか頼めないヘタレ。でもちょっと見せ場が来ている気がする。