子供の言葉、大人の味覚 -9ページ目

子供の言葉、大人の味覚

なすこんのブログ


子供の言葉、大人の味覚「シュッシュッシュッ。」
今、私はお母さんのために石の上にえのぐをぬっています。わたしはお母さんがすきなので、心をこめてぬりました。わたしはまるで本物のてんとう虫みたいにぬりたいと思います。もしわたしが好きな石をえらべるんだったら、ケードの石をえらびます。なぜかというとわたしのはひびがはいっているのに、ケードのはたまごがたの石でひびがひとつもありません。大きさはみんな手のひらにのるくらいの大きさです。
 でも、この石は用意されていたのでえらべませんが、えらべるんだったらぜったいケードの石です。もようができたらへんなものを先生がつけたので、水がついてもえのぐはとれません。ケードはわたしの友だちです。
 お母さんが見たらほめてくれました。お父さんもほめてくれました。おとうとのてっちゃんは本をあげました。おかあさんはそれもよろこびました。わたしのは草も入っていました。でもほんとうの草を入れませんでした。
合格「もようができたらへんなものを先生がつけたので、水がついてもえのぐはとれません」って、これはニスのことだね! 名前がわからなくてもこうやって工夫して書くとちゃんと分かるね(^^)/


子供の言葉、大人の味覚




子供の言葉、大人の味覚
 急ぐ時には少しくらい危険があっても近道を通りたくなる。けれどそれが失敗になるのだから、時間がかかってめんどうでも、安全な道やたしかな方法を選んだ方が結局はとくになる。
 それに似た話が二つある。一つ目は三年生のときのことだ。三年生の時の先生はすごく明るくておもしろい先生だ。漢字をノートに書いて先生に出してきたない字だと
「この字がいちばんきれいな字なの?」
と言われて書き直しになってしまう。だから時間がかかってしまってめんどうでもていねいに字を書いたほうがけっきょく早くおわるということだ。
 二つ目はチューリップの球根を植える時のことだ。わたしの家は毎年チューリップを植えている。色はピンクだ。チューリップの球根はとんがっている部分を上にむけて植えるが、その植え方を知らずに植えてしまうと、ちゃんと芽が出てこない。
 だからまるで本一冊分をノートに丸写ししなくてはいけないときでも、急がばまわれということわざを思い出して、時間がかかってもていねいに書こうと思う。

合格私はせっかちだから、慌ててやってすぐに失敗する。私もこの言葉、肝に銘じようっと。


子供の言葉、大人の味覚


子供の言葉、大人の味覚
 話し上手と呼ばれる人は意識してあるいは無意識のうちにうまく「間」を取り入れている。しかし、その人をおしゃべりとは呼ばないであろう。反対に「旅は道づれ」と言いながら、おしゃべりといっしょの長旅には疲れるという人は少なくないだろう。相手がなんと思おうとわたしゃ知らぬとばかり構えて口を閉じていられる人はいいのだが、心遣いがこまやかであると、とにかくこういう場合、口数が多くなる。
 話上手な人は間をあけるという。私も話す時に間をあけた方が良いと思う。理由の一つ目はみんなが間を利用して話し出しやすくなるからである。私と同じ班にRちゃんという人がいる。Rちゃんは話し上手だ。Rちゃんが考え出す話題はおもしろい。盛り上がるし、長続きする。
 二つ目の理由は、間を取ることで自分が言っていることが合っているか確認できるからである。だが私はその反対の人を知っている。それは私の数学の教師だ。彼は私の父が働いているT大学のことを
「T大学では意味の分からないことをやってますよね。ハハハハハ。」
と言ったのだ。もちろん私の父がT大で働いていることは知らないだろうが、私はその言葉でひどくショックを受けた。しかしその先生はとても自信満々に言ったのだ。間をあけずに話しているとこういうこともおこると分かった。
 確かに間がありすぎてしずかになって、シラけることもある。それならおしゃべりの人と一緒にいた方が良いと思う。だがおしゃべりすぎたら聞いている人の方が、つかれると思う。だから適度な間を開けたほうが良いと思う。

合格なるほど、なるほど。先生のひとことで傷ついてしまった。でも、先生はきっと謙遜してそうおっしゃったんだと思うよ。


子供の言葉、大人の味覚