次のような長文を読みました。美しいもの、心にうったえるもの、
正しく自然を説明できるものを選び出し、世の中の人達がその価値をみとめたのが創造です。突然ひらめいたかのように創造がおこったと考えられたり、説明されてしまうことがありますが実は違います。創造こそ人間がやるにふさわしい仕事です。創造のために「こころみ」をつみかさねないのは、まったく人間らしくないことになります。
創造について私はどうしても必要だと思うものをなんとか工夫して作り出すものだと思います。私にもそういう体験があります。大きな虫かごを買うにはけっこうお金がかかるので、百円ショップで同じサイズの大きなザルを二個買い、それを合わせて大きな虫かごを作りました。その虫かごをつかうとたくさん虫が入りとても便利です。
お父さんに聞いてみました。何かを必要なものにつくりかえたことがないかと聞くと、お父さんは
「アメリカにみんなで行ったときに、ダンボールがたくさんあまってもったいなかったから、工夫してダンボールの家やキッチンを作った。ダンボールの家の屋根は折り紙をつけたっけ。」
と言っていました。私はその時のダンボールの家はまるで本物の家のようだったと思い出しました。お父さんがもう一つお話をしてくれました。去年、壊れた虫あみと新しい虫あみをくっつけて、長い虫あみになったという話です。その虫あみはとても長くなり、高いところにいる虫もかんたんにつかまえられました。とても便利な虫あみでした。
必要は発明の母というのように、どうしても必要だと思えばなんとか工夫してそれをつくり出し、発明を生み出すことができる。必要だと思う気持ちが大切だということが分かりました。

教室のあとに
工夫した話がたくさん書けたね! ダンボールのおうち、いいなあ。