子供の言葉、大人の味覚 -34ページ目

子供の言葉、大人の味覚

なすこんのブログ

言葉の森 ・作文教室 柏の葉公園教室、作品より)
子供の言葉、大人の味覚
「ニャー。」
とねこがなきました。それは私のねこです。このねこは去年の8月ごろに拾ってきました。拾ってくる前はとてもぐったりとしていて、とてもたいへんなじょうたいでした。でも、たすかってよかったと思います。名前はマルです。なぜかというと拾ったとき、すごくやせていたので、早くマンマルになってほしかったからです。でも、すぐにねがいがかなってマンマルになりました。

 うちのねこはまるで私の弟のようです。それに、うちの動物はカメもトラもようのよう、犬もトラもようで、ねこもトラもようなので、これはぐうぜんなのかと思いました。でも、このことがもしぐうぜんではないとしたらすごいことだと思います

合格教室のあとに
 みんなトラ模様の家族だね♪ もしかして、お父さんも……!?

(言葉の森・作文教室 柏の葉公園教室、作品より)
子供の言葉、大人の味覚
 私は学校では「はるっち」と呼ばれている。それが私のあだ名である。知らない人や親の前でそう呼ばれるのは少しはずかしいが、あだ名自体は良いものだと思う。その理由は二つある。


 第一の理由として、あだ名によって親しみが増すし、深まるし、また表すと思うからである。私はいまの小学校に転校したときはみんなのことを「ななちゃん」「あすかちゃん」などと名前にちゃんをつけて呼んでいた。しかしそれは呼びにくくて、ほとんどの会話を
「ねえねえ、あのさあ……。」
で始めていた。近くに居る人以外を呼ぶのは難しかったし、違和感があった。でも、だんだんと「なな」や「あっちゃん」に変わっていった。それとともに私は「はるっち」と呼ばれるようになった。たぶんその瞬間に、ただ私の名前が名簿にプリントされているだけでなく、そのクラスの人達の心にも受け入れられたのだと思う。

 第二の理由として、本名で呼ぶとかえってだれがだれなのかがわかりにくい場合があるからである。私の暮らすにはあかねという名前の人が二人いる。最初は一人「あかねっち」だけだったが、三学期になってもう一人の「あかね」が転校してきた。その転校してきた「あかね」は、「あかねちゃん」と呼んでいる。でもそれはもとからいた「あかね」を「あかねっち」と呼んでいたからで、もしもあだ名ではなかったらやっかいなことになっていただろう。先生はみんなのことを下の名前で呼び捨てする。だから先生が
「あかね!」
とどっちかを呼ぶと、二人ともがふり向いて先生のところまで行っちゃうときがある。


 確かにあだ名によって人を傷つけてしまう場合は、あだ名は良くない。しかし、傷つけないようにバランスを考えながらつくっていく友達の方が長く続くのではないかと思う。「一人の敵もつくらない者は、一人の友も持たない」という名言がある。あだ名のような、使い方によって人を傷つける可能性のあるものをよくバランスをとって使うことによって、もっと深い友達関係が築けるのではないだろうか。


合格教室のあとに

最後の一文は名文! なるほどなあ。

(言葉の森・作文教室 柏の葉公園教室、作品より)
子供の言葉、大人の味覚

 私はくずかごが大事ということを長文を読んで学びました。ものをすてるのは人生において大事なことです。

 私はららぽーとやおおたかの森ショッピングセンターなどで買い物をするのが好きです。私はシールが大好きです。私はシール全種類が好きですが、シールの中でもぷくぷくしたシールが好きです。あと、私はスタンプも集めています。私は手紙を書くのが好きです。しょっちゅうアメリカの友達に手紙を書いています。その時、スタンプをその手紙に押すととてもきれいな手紙になるので好きです。しかも、スタンプはシールと違って、何度も使えます。私にはスタンプとシールは多ければ多いほどいいのです。捨てるだなんてとんでもないことです。

 しかし、お母さんはけっこう捨てる方です。といっても、必要なものは決して捨てません。私はお母さんをそんけいしています。お母さんはヤサカというホームセンターと電気屋さんが好きです。お母さんはヤサカでたななどを買います。電気屋さんではお母さんの仕事でいるパソコンを買ったりしています。お母さんは一回買ったものはとても大切にしています。ますますそんけいしちゃいます。あと、お母さんはアルバムや思い出になるものをとっておきます。

 ものをすてるのはとても難しいです。でも、お母さんはふつうに不必要なものはすてます。私もこれからがんばります。

合格教室のあとで
そんなに尊敬されるとてれちゃうな、お母さん^^