(言葉の森・作文教室 柏の葉公園教室、作品より)
私は学校では「はるっち」と呼ばれている。それが私のあだ名である。知らない人や親の前でそう呼ばれるのは少しはずかしいが、あだ名自体は良いものだと思う。その理由は二つある。
第一の理由として、あだ名によって親しみが増すし、深まるし、また表すと思うからである。私はいまの小学校に転校したときはみんなのことを「ななちゃん」「あすかちゃん」などと名前にちゃんをつけて呼んでいた。しかしそれは呼びにくくて、ほとんどの会話を
「ねえねえ、あのさあ……。」
で始めていた。近くに居る人以外を呼ぶのは難しかったし、違和感があった。でも、だんだんと「なな」や「あっちゃん」に変わっていった。それとともに私は「はるっち」と呼ばれるようになった。たぶんその瞬間に、ただ私の名前が名簿にプリントされているだけでなく、そのクラスの人達の心にも受け入れられたのだと思う。
第二の理由として、本名で呼ぶとかえってだれがだれなのかがわかりにくい場合があるからである。私の暮らすにはあかねという名前の人が二人いる。最初は一人「あかねっち」だけだったが、三学期になってもう一人の「あかね」が転校してきた。その転校してきた「あかね」は、「あかねちゃん」と呼んでいる。でもそれはもとからいた「あかね」を「あかねっち」と呼んでいたからで、もしもあだ名ではなかったらやっかいなことになっていただろう。先生はみんなのことを下の名前で呼び捨てする。だから先生が
「あかね!」
とどっちかを呼ぶと、二人ともがふり向いて先生のところまで行っちゃうときがある。
確かにあだ名によって人を傷つけてしまう場合は、あだ名は良くない。しかし、傷つけないようにバランスを考えながらつくっていく友達の方が長く続くのではないかと思う。「一人の敵もつくらない者は、一人の友も持たない」という名言がある。あだ名のような、使い方によって人を傷つける可能性のあるものをよくバランスをとって使うことによって、もっと深い友達関係が築けるのではないだろうか。
教室のあとに
最後の一文は名文! なるほどなあ。