子供の言葉、大人の味覚 -29ページ目

子供の言葉、大人の味覚

なすこんのブログ

言葉の森  柏の葉公園教室、作品より)

子供の言葉、大人の味覚


 私は作品などを創造するときは論理よりも感覚を優先させて作ると良いと思う。


 その理由の一つ目は感覚を優先させると発想が自由になるからだ。私は暇な時や、疲れて何もしたくないけれど眠れない時には絵を描いたり、粘土で何かを作ったりする。絵を描くときはほとんど風景を描く。しかし、風景と言っても現実にある風景に少しファンタジー世界の生き物や非現実的な植物などをミックスして描くのが好きだ。例えば暗い夜の中で、一つの茎から三種類の花が咲いている絵だったり、赤と金色の夕日にキラキラと光った蝶などを描く。小さいころは紙とクレヨンがあると絶対に窓やドアがついている森の奥深くにある巨大な木とその木に住んでいる小人やうさぎを描いた。しかし、現実には一つの茎から三種類の花が咲くことはなしい、小人もいない。だがそういうありえないものが少し入っている絵の方が私にとっては描くのも見るのも好きだ。
 二つ目の理由は論理的に説明の付かない面白い作品が実際に多くあるからだ。私はジブリ映画の「借りぐらしのアリエッティ」がとても好きだ。しかし、この話のプロットが気に入ったというよりは、絵が好きなのだ。アリエッティとアリエッティの家族は小人であるため、小人にとっては人間用に作られたものはとても大きい。例えばゆびでつまめる大きさの角砂糖も、アリエッティは両腕でかかえなければならないぐらいの大きさだ。私がこのアニメーションでいちばん好きなとこrは、ホッチキスをはしごとして使っている場面や、ガムテープを使って壁をつたっていくところだ。私は小さいころから、小さくなってコップいっぱいのリンゴジュースの中で泳いだり、ケーキの上に寝ながら思い存分ケーキを食べたりしたいなと思っていた。だからこういう現実にはありえないものを絵やアニメーションで味わえるのはとても楽しいことである。私の父は「論理」の大ファンで論理的なことが大好きなので、絵を描くとしても目の前に居る人のスケッチしか書かない。確かに論理的に考えてクリエイトされるものもある。建築や音楽や色の構成はすべて科学的に説明できる。しかし、建築される家や音楽や絵の美しさは論理的に計算できることではない。だからこそ、作品を生み出すときは論理よりも感覚を優先させるべきだと思う。

合格教室の後に
創造と論理の関係、奥深いものがありそう。よく整理して分かりやすくかけています。具体例もたくさん入って説得力があるね!

言葉の森  柏の葉公園教室、作品より)

子供の言葉、大人の味覚


 私のうちの庭の畑にはトマトとキャベツとかぼちゃときゅうりとバジルとミニトマトとジャガイモとサツマイモとイチゴとさくらんぼ、ぶどうとリンゴとミカンとゴーヤがなっています。まるで農家のように。しかし、私の家の畑になっている植物はすべて農薬を使っていません。なので、虫がつくこともありますが、私の家族はみんな虫がついているものこそ新鮮だといっていました。でも、私は最初うそだと思っていました。しかし、スーパーで売っている野菜と畑でそだてた野菜をくらべてみると、畑でそだてた野菜のほうが甘みもあって、みずみずしくとてもおいしいことがわかりました。それにキュウリを食べる時
「シャリシャリ。」
という音がかならずなります。それからほうちょうで切るときは、少しかためで切るのがたいへんです。

 字も野菜と同じように、見た目と中身が同じではありません。『美』という字や『漢』という字は複雑でとても難しい字だとずっと思っていました。そのような字にくらべ、『心』という字を見たとき、とても簡単そうでした。しかし、筆で書いてみると『美』という字がバランスを取るのが簡単で、『心』という字と『必』という字の方がバランスを取るのがとてもたいへんでとっても苦労してなかなかうまくバランスを取ってきれいに美しく書くことができませんでした。たとえばもし、半紙などにノートのように点線などが書いてあったら、私はすぐきれいに美しく書けたのかも……といつも思っています。計算なども同じで、数がたくさんならんでいる計算を見ると、難しい、私には無理だと思ってしまいますが、やってみるとすごく簡単なときがいっぱいあります。

 人間は見た目で判断することが多いけど、やってみると簡単だったり食べるとおいしかったりするということが分かりました。

合格教室のあとで
 見た目だけでは分からない中身の話、身近なところから具体例を挙げて、とっても上手に説明できたね。おうちの畑もすごいね! おいしそう!

言葉の森  柏の葉公園教室、作品より)



子供の言葉、大人の味覚


夏の初めに、お父さん、お母さん、お姉ちゃん、弟とカブトムシを捕まえに行きました。1人一つずつ懐中電灯を持ち、一つ一つ木をよく見て回りました。オスのカブトムシを1匹、メスのカブトムシを3匹、オスの子クワガタを1匹、オスのノコギリクワガタを1匹、カミキリ虫を2匹つかまえました。その時、あたりまえですが、葉っぱを食べている虫は一匹も居ませんでした。樹液をすっている虫がほとんどでした。カブトムシたちはまるでお風呂に入っているように、幸せそうに樹液をすっていました。カブトムシは幼虫のときと成虫のときとでは、姿も食べ物もまったく違うのです。


 また、こんな話があります。私がお父さんの仕事でハワイに住んでいたとき、モナークチョウというチョウチョウになる幼虫を一週間ぐらい何匹か飼っていました。黒、黄色、白ととても気持ち悪い幼虫です。でも、毒はなくさわってみると、まるで綿菓子のようにふわふわしています。その幼虫は最初ははばが2ミリメートルぐらいで長さが1センチメートルぐらいなのに、エサをいっぱいあたえて5時間ほどそのままにしたら、はばが3ミリメートルぐらいになり、長さが1、3センチメートルぐらいになります。まるで「はらぺこあおむし」そのものです。もうすごい食欲で、一週間ぐらいで成虫になってしまいます。でも、成虫になったモナークチョウは葉っぱはもう食べません。その代わり、花のみつをすいます。チョウチョウも子どものときと大人のときでは姿も食べ物もまったくちがうのです。

 生き物は成長過程において、飛び方が変わります。そして、形がかわると、食べるものもかわるのだなと分かりました。とても変化するのだと思い、すごいなと思いました。

合格教室の後に
幼虫から成虫へ、まったく違うかたちになって食べ物も変わるなんてほんとうに不思議。もしかして、本人(本虫?)もびっくりしているかもね。カブトムシやチョウチョウのことをよく思い出して詳しく書けました!