子供の言葉、大人の味覚 -16ページ目

子供の言葉、大人の味覚

なすこんのブログ

合格ひとこと
おいしい作文^^ 目玉焼きが食べたくなりました。


子供の言葉、大人の味覚


 きょう、あさごはんはだいすきなめだまやきでした。どこがすきかというと、ぴちゃぴちゃしたところがすきです。めだまやきはまるでひとつめこぞうみたいでした。ママがいつものように
「あさごはんだよお。」
といいました。とてもおいしかったです。

合格ひとこと

同じ食べ物やしぐさでも、文化によってその意味するところが違ってくるという長文を読み、その感想文を書きました。間近に迫ったクリスマスを題材に、また、アメリカに住んだ体験を生かして、中身の濃い感想文に仕上がりました。


子供の言葉、大人の味覚


 私は次のような文を読みました。食事というものは、いろんな条件に制約された文化と言う構造体の重要な部分である。何をいつ食べるか、それをどう食べるか、食べてはいけないものは何か、国によってさまざまな制限や規則が習慣として存在する。自分の文化項目が他の文化の中に見出されたからといって、直ちにそれを同じものだと考えることが誤りなのは、その項目に価値を与える全体の構造が多くの場合、違っているからである。
 私の身近にもこのような例があります。あと数日すればクリスマスですけど、クリスマスは何なのか、国によってちがいます。アメリカではクリスマスは一年の中で一番のホリデーです。それは、アメリカでは神様がその日、なやの中で動物達が見守りながら生まれたと信じられているからです。アメリカでは、サンタさん、トナカイ、プレゼント、クリスマスツリー、リース、家のかざりなどもさかんですが、神様のことの方が二倍、三倍、四倍もよく知られています。一方、日本はクリスマスが近づくと
「プレゼントこうかんしようね!」

「プレゼント何たのむ?」
や、
「おまえサンタ信じてんの?」
と、神様のことはあんまりに会話に出てこないです。それどころか、神様がクリスマスに生まれたということは本当ではないとしても、30人中、3人ぐらいしか知りません。つまり10分の1の人しか知らないのです。まるで、住む世界がちがうように、国がちがっただけで知っていること、話すことなどがまったくちがいます。
 このようなことから、長文でも読んだように、「国によってさまざまな制限や規則が習慣として存在する」ことがよく分かりました。「花よりだんご」というように、本当はクリスマスといえば、神様の生まれた日なのに、日本ではクリスマスといえば、プレゼントです。

合格ひとこと

「ポイ捨て」はいけない、そんな当たり前のことも、その理由を順序立てて説明するのは意外と難しい。また、複数の理由となると、いつの間にか理由の内容が重なってきたりして、これもまた難しい。でも、この作文は当たり前のことに対する説明を、きちんと独立した二つの理由を挙げて、しかも、うまく自分の体験から引き出すことによって論述できた、とてもいい意見文に仕上がっています。



子供の言葉、大人の味覚

 「ポイ捨て」については数え切れない人数の人が作文などに書いてきた。学校でもスピーチのテーマを「ポイ捨て」にする人が多い。新聞屋テレビでもこの課題は採り上げられている。それなのに、今でもポイ捨てが続いている。私はやっぱりポイ捨てはダメだと思う。
 その第一の理由は、地域をきれいにしようと頑張っている人たちがいるからだ。私が学校に行くとき、いつも
「おはよう!」
と声をかけてくれるおじさんがいる。そのおじさんは、ゴミ袋とトングをもって、道に落ちているゴミを拾ってゴミ袋にきちんと捨てていた。他の人のゴミを朝早くから寒い中拾うなんて、偉いなあと思う。お正月に私は奈良のおじいちゃんとおばあちゃんの家に行った。元日の二日後ぐらいに奈良公園に行くことになり、午前中の9時ごろに家を出た。すると家の前の道路に、犬のふんが落ちていた。私は
「きたないなあ。」
と思っただけで、先に行ったが、おじいちゃんは家に戻って、犬のふんの始末をしてから後で駅に来た。そうやって自分のゴミでもないのに自分の予定を後回しにして片づけてくれる人がいるのに、ただ単に
「めんどうくさい。」

「別にいいじゃん。」
と思っただけで、ポイ捨てをするなんてありえないと思う。
 第二の理由は、ポイ捨ては環境に悪いからだ。数か月前、幕張公園というところに行って、砂浜があった。
「貝殻を見つけよう!」
と妹が言ったので、私たちは貝殻を探すことにした。遠くに赤い何かが見えたので近づいていみると、ペットボトルのキャップでした。次は白が見えたのでそこへ行ったら、それはビニール袋だった。よく見ると、その砂浜はごみだらけだった。ずっと前のことだが、テレビで「破壊された自然」というのをやっていた。その番組では、次々にゴミだらけで動植物が住めなくなってしまった砂浜や草原を映していた。一場面では鳥が水に浮いているゴミの中で死んでいた。ポイ捨てをするとその人が自然を壊しているのと同じことなのではないかと私は思う。ある資料によると「ペットボトルリサイクル率」は日本では62%をリサイクルしている。それ以外の約30%は普通のゴミと一緒に捨てられるか、ポイ捨てされてしまうことが予想される。
 確かにゴミ箱が見当たらなかったり、持っていられないゴミがあったりするかもしれない。でも、「ちりも積もれば山となる」というように、少しでもポイ捨てをすると、他の人もやってしまい、最終的にはゴミだらけの場所になってしまうかもしれない。こうしたように、複数の理由があり、ポイ捨てはやってはいけないことである。これを読んでポイ捨てをやめるよう心がけてくれる人が一人でも増えると嬉しい。