子供の言葉、大人の味覚 -15ページ目

子供の言葉、大人の味覚

なすこんのブログ

合格ひとこと
お風呂そうじのお手伝いのことを書きました。心の動きがよくわかる。孫悟空くんの優しさもよく出ています。


子供の言葉、大人の味覚


 夏休み、ぼくはおふろそうじをたのまれた。サッカーの練習のいいところでたのまれた。
「ああ、いいところだったのに、しかたがないか。」
ぼくはすぐに家に入ると、くつ下をぬいでズボンの下のところをめくって、そでをめくって風呂場に入った。足がつめたくて、でも、がまんしてシャワーをだして、せっけんをおふろの中に入れて、おふろにはいったとたん、せっけんですべってころんだ。ふくいっぱいにせっけんだらけで、わらった。シャボン玉がうかんだ。まるでふうせんがとんでいったように見えた。やっと、せっけんでおふろそうじをおえて、シャワーが出てきて、ぼくのふくにとびついた。まるでチーターがとびついたように、とびついた。びっくりしました。まえに、お母さんに
「今日はぬれていいけど、今度たのんだときは、ぬれないでね。」
と言われたけど、またぬれたから、おこられるかもと思った。けど、おこられなくってよかったです。またたのんでほしいと思いました。
合格ひとこと
朝のひとこまが、臨場感いっぱいに表現されています。ほんとうに楽しそう。


子供の言葉、大人の味覚


 ぼくは、登校したら、やることをして外に行きました。たいちくんもいきました。校門にいるおねえさんにあいさつすると、グッドカードをくれました。これで8まい目です。ぼくの学校では11まいも持っている人もいます。
 校ていにつくとドッチボールをやっている人に
「入れて!」
と言ったら、
「いいよ。」
とこたえてくえたので、ぼくは入りました。ぼくとゆうたくんはてきどうしになりました。あい手チームには、学校のやきゅう部で大かつやくしているこういちくんや、体の大きいまゆちゃんとゆうたくんたちがいます。
 ぼくたちがやったドッチボールはポイントもがいやもありません。アメリカンでもありません。ふつうに線がひかれてあって、雪がっせんのようです。こういちくんはふつうの人では手も足も出ません。さっそくこういちくんがボールをなげました。すごいいきおいでボールがとんで行きます。そのボールが、ふくをかすりました。ききいっぱつでした。こっちも反げきです。しょうたくんがボールをなげたけれど、とめられました。ゆうたくんがボールをなげたのをよけました。ぼくがボールをなげると、みさきちゃんがあたりました。ひろきくんがなげると、こういちくんがあたりました。ぼくは心の中で、さすがラグビーをやっているひろとくんと思いました。こういちくんが投げようとした時、いいところを見せよう、と思ってボールを取ろうとしました。けれども、そのあと、あたってしまいました。ぼくもじつは一年生の時、やきゅうぶに入っていましたけれど、べん強する時間がなかったので、やめちゃったけど、そのときは、なげるのがじょうずだったので、その時のことを思い出して、思いっきり投げると、ゆきさんがあたりました。
 そして、こういちくんがなげる時、こういちくんがもう帰ろうとと言ったので、ぼくたちは教室にむかいました。かいだんでゆきちゃんが
「パナソニックの社長くん、やるじゃない。すごかったよ。」
と言ってくれたので、とてもうれしかったです。ぼくたちは、はやあるきで教室に行きました。なぜ、走ってないかというと、走るとぶつかっちゃうし、歩くとおくれるからです。なんとかじゅぎょうに間に合いました。終ったとき、ぼくはまるでドッチボール世界大会でゆうしょうしたような気分でした。楽しかったです。また何回もやりたいです。
合格ひとこと
保健所から引き取った犬を兄弟のようにかわいがり、この経験から将来の夢もつかんだ小鳥さん。読む本はフィクション、ノンフィクションを問わず、犬や猫の話が圧倒的に多いです。作文の内容も小動物や自然が多く出てきます。自分の興味あることをどんどん深められる態度には、こちらが学ばされることが多いです。


子供の言葉、大人の味覚


「ワンワン。」
「まってえ。」
チョコと私のおいかけっこです。チョコは私の愛犬です。チョコは保健所からきた犬です。チョコは、私に一つの夢を与えてくれました。それは、獣医師になるという夢です。
 チョコがどうして獣医師になる夢を与えてくれたかというと、それは、私の家族はお父さんとお母さんとお兄ちゃんの四人家族で、私がいちばん下なので、すごく私の下がほしくてほしくてたまらなくなって、私のお母さんが保健所のことを知っていたので、すぐさま、お母さんが電話して次の日の朝はやくに行って、どんな犬がいるか見てきました。
 そしたら、一つ目の小屋の犬はここどこ?といっているみたいな目をしていて、二つ目の小屋の子も、ここどこ?と行っているみたいでした。三つ目の小屋を見てみると、一つ目の子やや二つ目の小屋の犬とは少し目つきがちがって、どうなっちゃうの?と問いかけているような目をしていました。四つ目の小屋は三つ目の小屋と同じく、問いかけているような目でした。五つ目は三匹ぐらいが殺されちゃうのといっているみたいでした。
 六つ目の小屋はころされちゃう、たすけてみたいなかんじの目でした。七つ目の小屋はころされる……という目で、八つ目の最後の小屋ではみんながみんな体をよせあって、ひとつのところにあつまっていました。その目はみな助けてと必死に言っている目でした。その八つの小屋から選ぶことはできず、一度家に帰りました。その日は今日も犬が死んでいくと思うと、夜になっても目もつぶれなくて、たいへんでした。
 次の朝、保健所から電話がきて、とっても人なつこい犬なんですけど、本当は今日、殺処分の日なんですよ……という電話があって、私たちはその子でいいですといいました。そして、次の日、その犬をうけとりに行きました。その日は11月2日。この日をチョコのたんじょう日にしました。
 このとき、私は決心したのです。動物のかい主の心のケアと、動物の治りょうができる獣医師になろうと。しかもそれはまるで犬のように犬の気持ちがわかる獣医師です。大変な体験をすると深く考えるということが分かりました。