2005年にスタートした登記のオンライン化に伴い、
不動産登記の証明が登記済み証(いわゆる権利証)から
登記識別情報になった。
現時点では、全ての法務局がオンライン庁となっており、
新しく設定された権利は登記識別情報として通知される。
しかし、この登記識別情報制度、かなり問題のある代物である。
まずは、時間をさかのぼり、登記済み証すなわち権利証とは
不動産登記でどのような意味を持つかを解説しましょう。
■登記済み証(権利証)が証明するもの
登記済み証(権利証)はそもそもどういうものでしょうか?
その権利の設定登記の際に提出する登記設定契約書類に
登記官が受理したことを証明する印鑑などを押したもの。
簡単に言うとこんな感じですが・・・
もっと簡単に言いましょう。
登記済み証(権利証)はその権利の保持者であることを
証明するものです。
どうでしょうか・・・
「その権利って、どの権利なんや? ゴルァ!」
やはり、このあたりしっくり来ませんか・・・
不動産には所有権をはじめ、
抵当権などいくつかの権利を設定できます。
土地の権利証と一般に言われているものは、
正確に言うとその土地の所有権の登記済み証です。
そして、抵当権などにも抵当権者の登記済み証が存在します。
では、これらの登記済み証(権利証)は登記において
どんな役割を担うのでしょうか?
端的に言うと、権利者がその登記に関与・同意していることの
証明になります。
従って、登記申請時に登記済み証(権利証)が添付されていれば
権利者の同意を得た証明のための実印は不要です。
#別の意味合いで実印を要求されることは多々あります。
逆に、実印と印鑑証明、住民票を提示しても、
登記済み証(権利証)の代わりにはなりません。
登記情報に権利者の記述(氏名、住所)が記載されているので
理屈の上では実印→印鑑証明→住民票のリンクを、
たどって行けば登記情報とのマッチングが可能なのですが、
制度上これは出来ない。
登記済み証が無い場合、事前通知制度や
司法書士等の資格者や公証人などによる
本人確認制度を利用することになります。
つまり、不動産登記法上、登記済み証(権利証)は
権利者であることを証明する最も重要な書類なわけです。
■登記識別情報とは?
登記のオンライン化に伴い、
登記済み証は廃止(ただし、現時点で存在する物は有効)となり
登記識別情報がその役割を新たに担うことになった。
今までの登記済み証(権利証)は紙の証書でしたが、
登記識別情報はただの英数字の羅列です。
#実務上は単純にそれだけじゃないのですが、
#それについては後述
これはパスワードのようなものなので、
この英数字が漏れれば悪用の危険もあります。
なぜ、このようなものにしたかと言うと、
完全オンライン申請をにらんでのことです。
オンラインで申請できるようにするためには、
登記済み証(権利証)を紙ではなく電子情報にする
必要があったわけです。
「単純にPDF化すれば良いんじゃないの?」
そんな意見もあるかもしれません。
しかし、不動産登記の権利証って平気で何十年も生き残ります。
証書が複数の枚数に渡る時にホッチキスを外すのも
ためらわれるほどボロボロな場合もあります。
また、紙が複数に分かれる場合、契約印と同じ印影の
楔印と言うものが二つの紙の間に押されますが、
この位置にも実は定位置というものがありません。
明らかに紙上で確認した方が効率的です。
恐らくそんな訳で、登記識別情報というものが
登記済み情報に取って代わりました。
ただ、登記には添付文書というものが
必要になることがほとんどで、
結局これらがネックになって理想的な完全オンライン化
はまだまだですが・・・
この登記識別情報は権利者を証明する
パスワードみたいなもの。
だから、持っているだけで充分ではなく、
他人に知られてはならない。
これが、登記識別情報の一般的な説明です。
そして、これにより現在の登記制度は
大きな欠陥を持つことになりました。
■登記識別情報の実務的な運用
登記識別情報を扱う場合、
実務的には「登記識別情報通知書」と言う
登記識別情報を記載した紙をベースに処理します。
この「登記識別情報通知書」に登記識別情報が
記載されているのですが、
受け取った時には目隠しシールが貼ってあります。
必要が無い限り、この目隠しシールは
はがさないのが原則です。
自分で登記する場合、この「登記識別情報通知書」の
目隠しシールを自分ではがし、
コピーしたものを封筒に入れて封印し、
登記申請に添付します。
本来、書かれている英数字を記入した紙切れでも良いのですが、
実務上こうするのが普通です。
ただし、オンライン申請では、登記識別情報そのものを
入力することになるはずです。
準備が面倒なので、僕はまだやっていませんが。
■有効性確認に見る無策なセキュリティ
さて、間に司法書士が介入する場合、
話がちょっとややこしくなります。
登記は多くの場合共同申請をすることになります。
売買の場合は売り手と買い手、
抵当権設定の場合は抵当権者と所有者、
単独申請の場合もあるのですが、
多くの場合共同申請となります。
その時に間に司法書士が入った場合、
司法書士には双方の利益の保全に努める義務があります。
言い換えると、双方が正しい権利を持っているかどうかを
見極める必要があるわけです。
従来の登記済み証(権利証)において、
その有効性はその書面の記載内容と登記簿或いは登記情報を
付き合わせれば確認できました。
目隠しシールつきの登記識別情報通知書には
不動産の記述があるので、
登記簿或いは登記情報と突き合わせることは可能です。
ただ、それ自体の正当性を証明する情報は何一つ確認できない。
この、登記識別情報通知書と言う証書があるからと言って
その情報が有効であるかどうかは分からないのです。
偽造の可能性もあるし、登記識別情報を知っていれば、
その登記識別情報の失効手続きは簡単にできてしまう。
では、どうすれば良いのか?
一つ目は有効性証明請求と言う手続。
これは、当該登記識別情報が有効であることの証明を
法務局にしてもらうための申請です。
ただ、これをするためには登記識別情報が必要なのです。
つまり、司法書士が登記識別情報を知らなければ、
有効性証明請求が出来ない。
つまり、人によっては命よりも大切な権利書と
全く同じ効力を持つものを司法書士に渡すと言うことです。
情報なので、返してもらうことは出来ません。
売買契約であればまだ話は分からないでもない。
契約成立後は自分のものではなくなる訳だから。
そうでなく、抵当権の設定や抹消でこんな大切な情報を
相手に渡さなければならない仕組みはかなりおかしい。
では、この申請を司法書士でなく
依頼者がした場合どうなるか?
この場合、依頼者が有効性証明請求をした後に
失効手続きをとれば無効になるので
意味がないとされています。
#片方の依頼者を信用する前提なら
#そもそも有効性確認など必要ないので
さて、登記識別情報を司法書士に開示しない人も
少なからずいる訳で、
かなり暫定感が強い代替措置も実はあります。
登記情報の不失効証明
厳密に言うと、「登記識別情報が通知されていないこと
又は失効していることの証明書」の請求をして
逆に失効していないことを証明する手法です。
これには、登記識別情報は必要ありません。
ただ、本来の請求内容を見ても分かる通り、
これで分かるのは、当該物件の登記識別情報が
つう失効していないことの証明であって、
当該登記識別情報が有効であるかは分かりません。
ただ、やむを得ない場合の代替手段として
司法書士は認識してはいます。
僕の考えた代替え手段として、
依頼者自身が有効性証明請求を行い
その登記識別情報がある時点までは有効だった
確認をした上で、司法書士が登記の直前に
不失効証明をするのはどうかと考えています。
これについては、調査実施の上
後日結果報告しますね。
■セキュリティの常識を打ち破るゆるゆる制度
本来パスワードは管理者であっても知ってはならない。
これは、セキュリティの常識です。
管理者が新たなユーザIDを払い出す場合、
仮パスワードを発行しパスワードを
ユーザ自身に変更してもらう。
或いは、ユーザ自身に事前に申請してもらう。
当然ながらパスワードの変更はユーザが自由に出来る。
これが普通の考え方です。
因みに、僕はシステムエンジニアなので、
システム構築の実務的にもこれらは常識レベルだと
断言できます。
一方、登記識別情報はパスワードの【ようなもの】と説明され、
セキュリティ上の責任追及を回避しようとしているように見えます。
ですが、機能分析をすると、
セキュリティ要件としてはパスワード以上であることが明白です。
分析は極めて単純。
1.登記識別情報を知ることにより可能な事
2.従来の登記済み証(権利証)を持つことで可能な事
この二つを比べることで、1と2がほぼ同じであれば、
パスワード以上のセキュリティ対策が必要になると見做せます。
なぜなら、従来の登記済み証(権利証)を
ユーザID/パスワードで管理しようとした場合の全ての
権限を登記識別情報を知っている人に開放しているから。
パスワード以下のセキュリティ対策しか出来ないのであれば、
登記識別情報により実施できる権限を規制する必要がある。
では、登記識別情報をパスワードと同等以上の
セキュリティ対策を施す場合、常識的に考えて
以下の対策が必要になります。
1.登記識別情報の変更手続きの整備
→現在、変更不能。
これはセキュリティの観点からは異常です。
一応、失効は可能ですが・・・。
2.司法書士及び登記官への開示の禁止
→パスワードは管理者でさえ知ってはならない
3.上記、1、2の代替案として登記申請する度に
新たな登記識別情報が付与される
(旧登記識別情報はその時点で無効になる)
特に2などは法務省から「無理」と言われそうですが、
ならば登記識別情報での管理は時期尚早なわけです。
また、1などはこれだけの権限を与える情報に対する
セキュリティ対策としては考えられない程異常と言えます。
せめて、登記識別情報を
公開出来るIDと公開してはいけないパスワードに
分けてくれればここまでカオスな状態には
ならなかったはずなのですが・・・
これなら、有効性証明請求をする時に
公開可能なIDを使って問題なく申請出来るでしょう?
■現行制度では司法書士の秘匿義務対する罰則に問題あり
このように大切な情報を場合によっては司法書士に
公開すると言う前提を考えた場合、
司法書士に対する罰則規定が軽すぎるのも
不安要素の一つです。
司法書士の秘密保持の義務については
司法書士法第24条で規定され、
その罰則は同法76条に規定されています。
これによると、司法書士が秘密保持の義務を怠った場合、
6ヶ月以下の懲役か50万円以下の罰金。
しかも、告訴しなければ罪にも問われない。
数千万単位、数億単位、あるいはそれ以上の価値のある
情報を託すにはちょっとお粗末な罰則規定です。
勿論、何かあった場合は民事的な責任が
発生するとは思います。
しかしですね、司法書士経由で情報漏えいが発生した場合、
特に5年10年時間がたってからこちら側で
そのことを立証するのはかなり難しい。
故意ならいざしらず、不注意でネットに流れてしまった場合など
本人さえ気づかないでしょう?
登記識別情報などという制度を作るなら
このあたりはもっと考えて欲しいところです。
学びの冒険者 原口直敏