お中元。年末のお歳暮と同様に書き入れ時である。その時期を繁盛期と言ったり、繁忙期と言ったりする。一文字違うだけで受け取り方は大分違う。『稼ぐ』ととるか、『忙しい』ととるか。
ドライバーのカズは、間違いなく繁忙期。忙しい……いくら配達しても先が見えない。終わりが見えない。
「今日も終電か……」
いや、終電にも間に合わないかもしれない。最近は、家族の起きた姿を見ていない。もちろん、会話もしていない。
ちょっとした単身赴任状態。一緒に生活しているのにだ。
沢山の荷物を抱えるカズ。もちろんバラバラの届け先。車に戻る時には……恐らく半分以上は持って戻っていることであろう。
この時間、昼間頃に伺ってもいない。居ないのに行かなければならない。このジレンマ。共働きが多く昨今。国の政策を呪った。もっと、保育園などしっかりと政策を立てろ! そうすれば在宅率が増えるはずだ。
そんな思いを馳せている中の電話であった。
もちろん、元気よくハキハキした対応もできないなか電話を出た。
電話の相手は、名前も住所も言わずに少し荒あげた声で言ってきた。
「おかしんだよね。毎年届く人からの荷物が届かない。粕漬けの魚なんだけどね。酒のつまみにとずっーと待ってるんだよ。一体どうしたの? 今すぐ調べてもらえるかな」
カズは、足を止めずに
「そう言われましても……。伝票番号とか差出人の名前と住所とか、おわかりになりますかね」
「伝票番号? なんだそれは?」
カズは、苛立ちながらも言葉を選んだ。
「送り状には、必ず番号が記載されてですね。それを元に荷物を追跡することができるんですよ」
電話の相手方は、少し間をおいて
「そんなのわかるわけないだろうよ。俺が送ったんじゃないし」
「そうですけど、それじゃ、私どもも調べようもないので」
「じゃ、どうすればいいんだよ?」
「どうすればいいって、送り主の人にいつ送ったか、あと伝票番号を教えてもらって下さい」
「そんなこと、聞けるわけないだろよ。催促してるみたいで失礼だろ」
この人、憶測で言ってるのか?
いつも来てるから、今年も届くものと……。今年からリストから外れたんじゃないですか?という言葉が喉の先まで出かかっていたが、飲み込んだ。
「悪いけど、そっちで調べて連絡よこしてくれる」
埒があかないと相手がおもったのか、電話を切ろうとしている。
「ちょっと切らないで下さい。お客様のお名前を」
「3丁目の橋田」
3丁目の橋田? 今、カズが抱えている荷物にあったはずだ。
カズは、抱えた荷物をその場に降ろして探してみる。あった!
「橋田さん! ありました! 橋田さん宛の荷物! 届いてましたよ」
「本当か! すぐ来てくれるか?」
「近くなんで、すぐ届けに行きます!」
「じゃ、これから酒の準備するからよ。よろしく」
荷物が一つ減ることと、美味しい肴が食えること、ここで利害が一致した。
玄関先で待っていたのか、カズがチャイムを押す前に玄関の扉は開いた。
「お待たせいたしました!」
「おー、待ってたぞ! これを食わなきゃ夏がはじまらないぜ」
カズが荷物を橋田に手渡す。
橋田は、首を傾げ荷物を不思議そうに見る。
「なんか、いつもと荷姿がちがうな……」
「待っていた方とは違う方からの荷物ですか?」
「ウチにはあの人以外からの荷物は来た試しがない」
確かにこの時期以外にこの家に荷物を届けたことはない。
いきなり橋田が声を荒あげた。
「んっ、この荷物、俺があの人に送った荷物じゃないか!」
「えっ、どういうことですか⁈」
「どうもこうもねぇ! どうしてあの人に送った荷物が俺の所に届くんだよ⁉︎ にいちゃん、説明しろよ⁈」
カズは、突き返された荷物の伝票を見てみる。
伝票の備考欄に返品の文字。その脇に文字が小さく書いてある。
『受人様、死去の為に返品いたします』
怒りで顔が紅潮した橋田に、その伝票を見せる。
「お亡くなりになったそうです……」
橋田の紅潮した顔から一気に血の気が引き、膝から崩れてその場に座った。
「嘘だろ……」
カズは、何も声もかけられなかった。橋田とその人がどういう間柄だったとか、慰めの言葉もかけたかった。話もじっくり聞いてあげたかったが、やめた。
まだまだ配達が残っている。橋田みたいに待っている人がいる。
カズは、荷物をそっーと橋田の横に置き、そっーと玄関を出た。
電話が鳴った。会社からだ。
「どうだ、配達、順調か?」
この時期を繁『盛』期と思っている先輩からだ。バリバリ仕事をこなす人だから、もう自分の配達を終わってカズを心配して電話をかけてきた。
カズは、この先輩と自分が同じ人間だとは思っていない。きっとこの先輩に流れている血の色は、緑色と確信している。
「正直言って、ヤバイです。終電で帰れないです」
「よし! 今から手伝いに行く!」
カズは、少しだけ肩の荷が下りた。
「多分、気づいてないと思うけど、営業所に荷物一つ忘れているぞ」
「マジっすか! すみません」
「俺が持っていくから心配するな。3丁目の橋田さんって、どこらへんだ?」
「橋田さん⁈ その荷物……」
「魚の粕漬けらしいな」
「そ、その荷物、俺が届けます!」
「大丈夫か? 他の配達、終わってないんだろ?
「大丈夫です! 俺に行かせて下さい!」
カズは、先輩から荷物を受け取ると橋田の家に走っていった。
end