人に思いを届けるんだ! -4ページ目

人に思いを届けるんだ!

日々、時間に追われる宅配ドライバー。訪れる家で僅かな時間に垣間見る小さな物語。


世の中、便利になった。いや、便利になりすぎた。今の世の中、かつてあったらいいと思ったものが現実になったことは沢山ある。出始めの頃は感謝され、よろこばれた。でも、いつしかその便利なものは当たり前のものとなり、それ以上の便利さを追求しようとする。終わりなき、永遠に満たされることはない。
坂田の頭の中は言い訳の言葉がグルグルと回っている。昇進試験を受けようとした矢先に大変なミスをしてしまった。物事、出来事に『たら』『れば』をつけてしまったらいけないとわかる。でも、加藤の頼みごとを断っていれば、加藤と知り合っていなかったら、そもそも今の会社に入っていなければ……。
坂田は迷いを振り切るように頭を振った。こんな考えをしていたら、『自分がこの世に産まれていなかったら』なんてところまで辿り着いてしまう。

夕方6時を過ぎた辺りから催促の電話が鳴り始める。いま帰ったから不在だった荷物を届けてくれ、早く帰りたいから荷物を急いで取りに来てくれ、各人の都合に合わせて1つの身体ドライバーが対応する。

坂田が営業所に戻るとやけに人気がない。いつもこの時間は、最終の発送作業の時間であり、沢山の人がせわしなく荷物を右に左に運んでいる。今はその人影が全くない。坂田は、構内の奥にある事務所の扉を勢いよく開けた。
「何かあったんですか? 誰も作業してないですけど、発送作業大丈夫……」
営業所の全員が、1列に並び立っている。その中には加藤の姿もある。加藤は坂田の姿を見るなり悪びた仕草も見せずに手刀をきる。
「坂田! 何やっている! 早く並べ!」
営業所長の佐々木が、少し裏返った声で叫んだ。自分の声が上手くコントロール出来ないらしい。それくらい張り詰めた空気であった。
坂田は、1番端に並ぶが佐々木の手招きにより列の前に立つことになった。
その坂田の前には、あまり見かけないというか所長の佐々木を含めここにいる全員がお目にしたくないスーツ姿の人がいる。いい事があっても顔を出さないくせ、良からぬ事があった時に顔を出す人。
そのスーツ姿、支店長の林が坂田にゆっくりとした足取りで近づいて来る。
「君か、指定日無視をしてお客様にもご迷惑をかけた奴は?」
坂田は、『お客様にも』の『にも』に一瞬反応して林を見るが、林の鋭い眼光に耐えきれず視線を逸らした。
「いえ、これは……」
坂田は、加藤を見る。加藤はその視線に気付きつつも何食わぬ顔をしてあさっての方向を見ている。
「謝りもせずに言い訳か? 今、全社あげて何のキャンペーンに取り組んでいるかわかるよな?」
「すみません……クレームゼロのキャンペーンです……」
「知っていてクレームを起こしたのか? 横着なこと起こしてくれちゃって。 それもキャンペーンの最終日に。今、うちの支店は全国でトップだ。この成績いかんでは念願の本社に栄転になるかもしれない。そのチャンスをみすみす逃していいのか?」
「……私が本社に?」
今まで冷静に話していた林が突然、声を荒あげる。
「何を言っているんだ? 君みたいな単なるドライバーが本社に行ける訳ないだろう。私がだよ。私の本社栄転だよ。そうか! 語尾が疑問形だから君に問いかけたと思っていたのか? 本当に単純だな。単純過ぎる! もっと先を読め! だから、こんなくだらないミスを犯すんだ! 所長、君は私の言わんとしていることは分かるよな?」
「……はい。支店長が、本社栄転となった暁には」
「暁には?」
「私達に色々と目を掛けていただけると……」
「そう! そう言うことだ! 私の出世はここにいる皆の為でもある!」
林は、全員を見回す。その鋭い眼光に誰一人目を合わせずに俯く。1人を除いては……。
「あの! ちょっと宜しいでしょうか?」
加藤の声が、唾も飲み込めない程の張り詰めた空気をいとも簡単に壊した。
「発送作業の時間が大分押しています。このままだと本日発送出来ずにお客様に多大なご迷惑を掛けてしまい、及び、多くのお叱りを受け、しいてはクレームとなり、それもこの荷物分だけのクレームとなる可能性もなきにしもあらずでありまして……」
所長の佐々木が急にあたふたと動き出す。
「そ、そうだな! そんなクレームになったら大変だ…… 皆んな、発送の作業に取りかかれ! 急げ!」
佐々木に急かされ、従業員たちは事務所の出入り口に向かう。その従業員の流れの中に加藤は坂田を連れ込む。
「俺も考えたろ? あんなに吊るし上げられたらたまったもんじゃないよな。礼はいらないよ」
坂田は肩に掛かった加藤の手を乱暴に振りほどく。
「誰が礼なんて言うか!ふざけるな! 誰のせいでこうなったと思ってんだ‼︎」
他の者に続き、佐々木と坂田も事務所を出ようとする。支店長の林が落ち着き払った冷たく刺す声で2人の動きを止める。
「所長と坂田君! 君たち2人は、今起こっているクレームの解決法を考えるのが先決だ。そうだろ? 所長?」
「しかし、今の発送作業を疎かにしましたら、手に負えないクレームの数が……それこそ」
「そのクレームが発生するのは、いつなんだ?」
「い、いつと申しますと?」
「今日の今日は起こらないだろ」
「……キャンペーン、ですか…」
「そう言うことだ。明日から受けるクレームは私的には関係がない」
坂田と佐々木は、目を見合わせた。
「所長、とりあえずクレームを入れたお客様さんに電話をしてクレームを取り消すようにお願いしなさい」
「クレームを取り消す⁉︎ 」
「そう、取り消す。クレームではなく問い合わせに変えてもらいなさい。ただ、ニュアンスの違いだから特にお客様には問題がないことをお伝えして」
「しかし、当方の都合だけでご迷惑を被っているお客様にそのようなことを……」
佐々木は、林の鋭い眼光に言葉を飲み込む。
「クレームという履歴さえ残さなければ、なんのお咎めもない」
坂田は林を見た。今度は、林の鋭い眼光から目をそらさなかった。
「坂田君は、すぐにでも荷物を引き上げて来なさい」
「電話を掛けてはいるのですが、中々繋がらなくて」
「なら、帰って来るまで家の前で待ってろ!」
坂田は、わざと不貞腐れる態度を林に見せつけるように、溜息をつき机などのものにあたりながら出入り口へと向かう。
坂田がドアノブを手にした瞬間、女性従業員がドアを開ける。
「お客様が引き取りに来ました!」
林が女性従業員に駆け寄る。
「クレームの件の引き取りか?」
「はい。それがですね……」
「それが何だ?」
「子供なんです」
「子供?」
「はい。それもランドセルをせおった、小さい男の子です」


第②話 完 第③話に続く