人に思いを届けるんだ! -2ページ目

人に思いを届けるんだ!

日々、時間に追われる宅配ドライバー。訪れる家で僅かな時間に垣間見る小さな物語。


「結婚したんだ……」

ドア横に掛けてある銀のプレートの表札。
僕は、『KONDO』というローマ字をまじまじと見つめ暫くその場に立っていた。

「あれ、留守? さっき家の中から物音がしたのに……。やだ、居留守でもしているのかしらね」

庭にある植物の手入れをしつつも近所の様子を窺っていた隣のおばさんが近寄って来た。夫と子ども、最近では孫にも相手されず、ついにはその植物たちにも相手されなくなっているのだろう。その証拠に化粧っ気はいっさいなく、孫を抱き上げる腕もやせ細り、植物たちはほとんどがおばさんに背を向けお辞儀をしている。

「でも留守かもね。隣に住んでいるけどね。2、3回くらいしか会ったことないからね」
「そうですか。お戻りは夜ですかね?」
「そうかもしれないけど……それも夜遅く」

おばさんは、怪訝そうな顔をして僕を見て後ずさりすると同時に色褪せたエプロンのポケットから携帯電話を手にした。

「あまり見かけないドライバーさんだね」
「いや、申し遅れました。この地域の担当ドライバーが急に身体を壊してしまいまして、
代わりに応援というかたちで」

それでもすぐには信じてもらえず、名刺と会社のマスコットである犬のキーホルダーを見せて、ようやく信じてもらった。

「あら、そうなの。そうならそうと早く言ってよ。警察に通報するところよ。最近、物騒だからね。変装してよからぬことでもしようとしてると思った」

おばさんは、携帯電話をポケットにしまい込み、かわりに飴玉を鷲掴みに取り出した。

「これ、お近付きのしるし」
「い、いただきます……」

僕は、おばさんの手のひらに盛られてある飴玉のなかから適当に2つを取った。

「オレンジとイチゴ? あんた沢山動いているんだから、これを舐めなさい」

おばさんは飴玉の山から梅味の飴を探して僕に差し出す。

「あなた、気にならない? 表札見て」
「特に……洒落た表札だなくらいですかね」
「Uの字、いるんじゃないの?」
「Uの字ですか?」
「これじゃ、コンドさんじゃない」
「近藤さんですよね」
「そう、近藤。でも、これコンド」

どうでもいいじゃないかと思いながら、僕が返答に窮しているあいだに、おばさんの興味は違うものに移っていた。

「どういったお届けものかしらね」

僕が脇に抱える荷物が気になるのか、しきりに荷物を覗き見る。
おばさんがいきなり手を叩いた。
悩み悩んで数式が偶然ひらめいた数学者のように驚き感動のあまりに背が数センチ伸びたようだ。
ちょっと大袈裟な例えか。

「何度も来るの大変でしょ。その荷物、預かってあげるわよ」
「でも、あまりお会いしないのでは……それに帰りも遅いそうですし」
「大丈夫。最近、寝付きが悪くてね。それに今、深夜の時間の方が面白いテレビやってるのよね。ハマっちゃってるのよ。ドラマに。サスペンスね」

僕は、つつおとしのように規則通り適当に相づちをうつ。
さすがにおばさん、僕がサスペンスに興味がないのがわかったのか、それ以上僕に水を流してこなかった。
僕のつつおとしは「コツッ」と音を立て止まった。

「大丈夫。テレビに集中して気づかないことがないように。防犯カメラはチェックするから」

言われて気付いたが、おばさんの家のあちこちに防犯カメラがある。何故か玄関前にはカメラが2台あり、その1台はこの家の玄関に向いていた。
おばさんは、なかなか荷物を渡そうとしない僕に業を煮やす。

「じゃないと永遠にこの荷物、ここの人に渡ることがないわよ。それに生ものだったらどうするの? 腐っちゃうわよ。折角、送ってくれた人の気持ちをムダにする気」

何故か苛立ちながら捲し立ててくる。おばさんには何の関係もないのに。

「お気持ちは嬉しいのですが、やはりお預けするのは……」
「あんた! 私を疑ってるのね。中身を開けたりしないかなんて。そんなことするわけないでしょ。このご時世プライバシーやら個人情報やらうるさい中できるわけないでしょ」

だから預けられないんだよ。と喉先まで出ていた。仮に預けられるとしてもこの荷物は預けることはできない。このおばさんだからっていうのもあるが、それだけではない。
この荷物は……。
この荷物は、この家、KONDOさんに届ける荷物ではない。
なぜなら、全く別の人に届けるはずの荷物を僕は手にしているから。

だから、預けるわけにはいかない。



①話 了
つづく