今月4月で、私の人生のちょうど半分がブラジルでの生活となる。
日本を出てブラジルに移り住み、
言葉を覚え、小・中学校、高校を卒業し、
浪人、就職、予備校を経て再度大学受験・・・そして卒業。
時間では日本とブラジルはちょうど半分ずつだが、
感覚では日本よりもブラジルでの生活の方が長い感じがする。
日本生まれでも何県がどこにあるか分からない、
日本生まれでも日本語が完璧なわけじゃない、
福岡出身でも明太子やラーメンの値段が分からない、
福岡出身でも街について知らない、
福岡出身や福岡に住んだ経験がある人とたまに出会うことがあるが、親近感を覚えない。
年齢的にはゆとり第一世代だが、詰め込みの時代しかしらない。
先輩後輩の関係がいまいち分からない。
そして、
ブラジルで育っていてもブラジル人になることはできないし
ポルトガル語が完璧なわけじゃない。
外国にいるからこそ日本人であるということを大事にしたい。
外国にいるからこそ日本の善いとこも悪いとこも気付く。
日本についての知識は薄いが、何よりも日本人であることを誇りに思う。
突っ込みどころ満載だが、実際そうなのだ。
最後に日本へ行った時から8年が経った。
8年前に見た風景はもうなく、
12年前、日本をあとにした時の日本はもうない。
何年ブラジルに住もうが、ブラジルは外国。
何年も日本に住んでない為、日本は外国。
私の故郷は1987年~1999年の間に存在した
日本という国のなかにある
福岡県福岡市南区向野にある玉川小学校の地域内だ。
さらにいうと私の故郷には学校は小学校のみで、
遊ぶところといえば校庭か 『ライオンズ公園』 、 『ドングリ公園』 もしくは 『カメ公園』 で
移動手段といえばマウンテンバイク。
新聞はテレビ番組の内容と時間を教えてくれるもので、
ラーメン屋にはとんこつラーメンしか置いておらず、
焼きそば屋にはソフトクリームしかなく、
お店は駄菓子屋、タバコ屋のみ。
スーパーにはお菓子コーナーしかない。
そして駄菓子屋とタバコ屋以外の、
ラーメン屋、焼きそば屋とスーパーの商品に値段はあるが全てタダ。
記憶の中以外にはもう存在しない・・・。
それが私の故郷だ。
日本での生活は礼儀や道徳を、
ブラジルでの生活は生きていくために必要なことを教えてくれた。
人生の半分がブラジルとなった今、
ただ一つ確実にいえることは・・・
日本は帰るとこではなく、行くところだ。