2002年春から僕は楽曲コンペに曲を提出する「コンペ作家」になった。もちろん、コンペに出すだけでは報酬はゼロなので、職業とは言えない。しかし、コンペに出さないと、何も始まらないのだ。

 

コンペをもらえるようになった顛末はこうだ。

 

音楽事務所100社以上に送ったデモが全てボツになり、僕はもう一度、今度は自分なりに「人に提供する」ということを意識してデモを作って、それを送った。また愚鈍にも100社以上に送った。そうするとすぐに電話がかかってきた。FOUR TRIPS時代の僕を知っている某氏がある音楽事務所にいて、僕のデモをたまたま聴いてくれたのだ。

 

「デモ聴いたよ。コンペでいいならやってみる?」と言われ、藁にもすがる思いの僕は礼を言い電話を切った。すぐにコンペメールが来た。好きなシンガーのコンペだった。五日後の締め切りに間に合わせて、曲を書いた。データで曲を送るなどまだ一般的ではなかったので、CDRに曲を焼いて宅配便で送った。期待に胸を膨らませた。自信があったのだ。

 

 

数日経っても、返事がなかった。永遠にも思える時間だった。僕は彼に電話して合否を訊いた。「結果なんてすぐ出るもんじゃねえんだよ」と彼は言った。「ていうか、一々結果なんて報告しないから!」と言って電話を切られた。

 

コンペメールが来た。日本一有名な男性アイドルユニットだった。五日後の締め切りに合わせて曲を書いた。CDRに曲を焼いて宅配便で送った。もちろん返事はなかった。

 

コンペメールが来た。売り出し中のR&Bシンガーだった。五日後の締め切りに合わせて曲を書いた。CDRに曲を焼いて宅配便で送った。また返事はなかった。

 

コンペメールが来た。オーディション出身のR&B男性デュオだった。五日後の締め切りに合わせて曲を書いた。CDRに曲を焼いて宅配便で送った。しかし返事はなかった。

 

もういいだろう。コンペ作家とは、ずっとこれの繰り返しである。これに耐えられるのは、相当覚悟を持った人間か、相当自分に自信を持った人間か、相当鈍感な人間か、相当クレージーな人間か、だ。

 

ありがたいことに、僕はそれらを全て持ち合わせていたようだ。

 

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20曲ほど出しても返事はなかった。東京の事務所の担当の彼にアポイントを取って、神戸から新幹線に乗って会いに行った。何かきっかけが欲しくて。久しぶりの東京はどこかよそよそしかった。青山の大きなビルにその事務所はある。数年ぶりに会う彼は笑顔だったが、明らかに忙しそうだった。

 

「で、何?」「いや、えっと、僕の曲、どうでしょう?」「どうもこうもねえよ、お前、最近の音楽聴いてないだろう?〇〇聴いた?△△は?聴いてないでしょ」

 

〇〇も△△も、もちろん聴いていた。が、残念ながら僕の好みではなかった。

 

 

「お前みたいなさ、古臭い、アメリカンポップスみたいな曲を書いてたって、一生採用なんてねえからな」

 

もちろん僕は絶句した。実のところ、もう少し酷い言葉で言われたのだ。これでもまだ自主規制している。傷つくに決まっている。堪えるに決まっている。僕だって生身の人間だ。感情はある。

 

しかし、彼が何気なく言い放った一言が僕の胸に突き刺さった。

 

「でもな、お前がずっと変わらずにこんな曲ばっか書いてたら、いつか時代が変わって、お前の時代になるかもな」

 

もちろん、彼は本気で言ったのではない。明らかに嘲笑の分量が多めのレシピだ。

しかし、僕は本気で受け止めた。そして心の中で叫んだ。てめえふざけんなよ。いや、僕の故郷の言葉ではこういう時はこう言う。

 

「われ、なめとったらあかんぞ」

 

やったろやんけ。絶対、変わらん。ワシは絶対変わらんとこのままヒット曲作ったる。

 

いつものように僕は曖昧な笑みを浮かべていたはずだ。お忙しいところお時間を作っていただいてありがとうございます。そのまま踵を返して僕は神戸にとんぼ返りした。

 

彼の言葉や態度に感謝している、なんて、歯の浮くような紋切り型の台詞は今もとても書けない。ただ、彼の言葉が僕に火をつけたのは確かなのだ。だからやはり、ありがたい言葉だったのだ。人間万事塞翁が馬、だ。

 

2002年は曲を出し続けた。もちろん、一度も返事はなかった。秋には娘が生まれた。そして僕は34になった。

 

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成瀬英樹

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2002年に提出した曲のうちの一つがこれです。

センチメンタル・リーズン

 

地味な歌だけど、僕はなんだか悲しくなって来るんですよね。

必死で作ったから。